天使と悪魔

俺は許されない

許されるべきじゃない

 

「いつもあの天使を見つめていますね」
そうだ、いつも見つめていた。見つめることしかできなかったから。

「神父様」
「はい」
「この人は石もて打たれて、痛くなかったのでしょうか」
高みにある十字架に括り付けられた、痩せた青年。
「信じる者に裏切られた、嘲笑され、打たれ、恥を浴びた。誰ひとり助ける者もなく」
「あなたは・・」
「痛かった、つらく苦しかった、足蹴にされた背中が、流れる血が目に入った、引きずる十字架は重い」
「今、痛いのはあなたですか」
「私ではありません、断じて。私ではなく」
「では何故」
「私・・私は、彼女を裏切り傷つけ、汚した。痛いのは俺じゃない。それなのに夢をみる。受け入れてもらう夢、愛され幸福になる。そんなことは・・」
明け方に見る夢。微笑んで懐かしい声で呼ばれている。手を伸ばす、抱きしめる身体が暖かく柔らかい、唇も。
青い瞳が潤んで揺れる。唇の動きで何を言っているのかわかる。望んでいた言葉。抱き合い、溶けあって、悦びの愛を交わす。白い胸の鼓動が伝わり、熱い身体の中に埋もれていく。

「目覚めた時、浅ましくおぞましいこの身を破りたくなる。あれほど傷つけてもなお、受け入れられたいと願っているのか。この想いがどれほど彼女を追いつめ縛ったか。だから離れたのに。それでも・・」
崩れ落ちたかったが、天上から目を離すことができない。遥か頭上にある天使、離れたいと離れるべきと思っていたはずの。
「では何故、あなたが泣いているのです」
「私に嘆く資格など、ありません」
握りしめた拳に、水滴が落ちる。
「アンドレ・・」
もうその名で呼ばないでくれ、その名を捨ててしまいたい。二度と彼女に呼ばれることがないように。
「神が、膝を屈し石で打たれたのは、私たち皆の罪を贖うためです。背中に感じていた十字架の重さは、生きる者、希望を捨てられない者、罪を犯した人々の生命の重さだった。あなたも」
その言葉は暖かかった、それでも。
「ひとりで背負わなくてもいいのです、神に預けてもいい」
もう一度、十字架の青年と、金色の天使を見つめる。天上はあまりに遠い。
「俺が・・生きるためには、神にさえ預けることはできません。生き続ける限り、背負わなくてはならない」
「そう・・ですか」
神父の言葉が神の愛だとしても、それに縋ることはできない。俺がひとりで負うべきものなのだ。
「ただ、忘れないでください。あなたが背を向けても、神はあなたと共におられます」

――神があなたと共におられる。
そう聖母に告げたのは、天使ガブリエルだった、金色に光る。
神がいるなら、まだ人を見捨てていないなら、どうか彼女に。俺が与えた傷を、彼女が生きているだけで負ってしまった傷を、あの激しく燃える人生が与える苦難を、どうか少しでも・・癒し、力を与えてください。神の加護を祝福を受けるのに相応しい、あの人に。

跪き俯き、祈る俺に十字をきって神父は去っていった。俺は祈る。生きる限り祈り続ける。愛が祈りであることを

 

信じるためにも