コンドルの羽

アニメ 20話より

 

抽斗を開ける。重ねられた手紙の束の中から一通を抜き出す。葡萄酒色の封蝋。彼に良く似合っていた色。

 

――懐かしいハンス。君がちっとも国に帰ってこないから、こうして手紙を書く。本当は出発前に一度会いたかった。私の決意、私の行動について、君と話をしたかった。

私はアメリカ独立戦争に参戦する。我が国は直接軍を派遣していないため、スペイン軍の将校として。知ってのとおり私の母はスペイン人だ。北欧には珍しい私の浅黒い肌は、奇異の目で見られていた。しかし君は全く私の肌の色など気にしていなかったね。いつだったか君に私の肌色について尋ねたら、日焼けしていて羨ましいよ、と答えていた。あれは案外冗談ではなかっただろう。君は人の内面しか見ない人だった。

そして、覚えているか。君と旅をした時だ。病苦に侵され、荒れ果てた村を通り過ぎる時。道端でうずくまっていた男が、私たちが通りかかると顔を上げた。君はぎくりとしたね。そして私は驚愕のあまり動けなかった。
あの男は、私にそっくりだった。貧しさのためか病か、やつれ果ててはいたが。目鼻立ちも髪も、肌の色さえ同じだった。私は無言で馬の腹を蹴り、その場から走り去った。あの後飲んだ酒の、苦い味が忘れられない。

もしかしたら、私があの男だったのかもしれないと、ずっと心の片隅にあった。絹の服を着て君と旅をしたのは、貴族に生まれついたのは。私ではなく・・あの暗い目をした男だったかもしれず、私が道端でうずくまったかもしれない。

「人は皆、生まれながらに平等である」その言葉に触れた時、私は撃ち抜かれた。アメリカでは古い頸木の一切から解き離れ、貴族も平民もなく自分の力で国を作ろうとしている。私があの男であったなら、アメリカに向かっただろう。虐げられるだけの人間ではなく、自分の力で運命を切り開く。

幸いというべきか、私には妻も子もいない。愛する人も。私をこの国に繋ぎ止めるものはないんだ。私は新しい国をこの目で見たい。人の可能性がどこまでいくのかを。

君は、この決断をどう思うだろうか。引き留めるかな。でも君のことだから、最後には微笑んで送り出してくれるだろう。君はいつも、相手のことを第一に慮る。だから私と反対に女性に慕われたがね。
アメリカからの帰りにはフランスに寄るよ。素晴らしいワインを出してくれ。故国とは違う、暖かく花咲き乱れる国。君を魅了して離さない国。君が離れがたい・・・。
そうだ、土産は何がいいかな。大きなコンドルが飛んでいるそうだから、羽を拾って贈ろう。それで私に手紙を書いてくれ、君の愛と・・・人生について。

私の無事は祈らなくていいが、君がその国で幸福であるよう祈っている。君は私の最良の友だ。友だった、とは言わない。どうか再び会う日を、待っていてくれ。

君の友より

 

私は手紙を置いた。冷たい封蝋に指を当ててみる。彼は私の真の友だった。嘘のない真っ直ぐなその気性は私の憧れだった。その友が・・海の向こうで、死んだ。私は彼の友情に見合う人間だったか。今の私は真摯な友人を傷つけ、愛する人を苦しめ追い詰めている。

深く赤い、葡萄酒色の封蝋。彼の血の色。私は立ち上がり、外のバルコンへ出た。雨が上がり、星が出ている。この星は、海の彼方でも変わらないだろうか。彼が死の直前、見上げたかもしれない星、空。

私はそれを見にいくべきだ。彼の友情と愛に、応えるために。

古い赤ワインをふたつのグラスに注ぐ。一息で飲みほす。彼の地で、コンドルの羽で手紙を書こう。彼方に届ける手紙を。

 

END

 

 




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