三日前はまだ雨だった
一昨日の昼に雨がやみ
しんとした冷たい空気が降りてきた
「雪になるよ」
そう予言したとおり
昨日は朝から一日視界を塞ぐ白いものが降り続いた

「夜にはやむよ 明日の朝はよく晴れるんだ」
雪の降るときやむときはすぐわかる
降る前はすっと大気が冷たくなる
やむ前は西の雲の色が変わる
「きっとお前のいうとおりね」
母は僕に微笑んだ

どこか遠くで木々の枝から雪の落ちる微かな音に耳を澄ませながら
僕は眠りにつく
薪のはぜる音 火に照らされた母の横顔
すぐに瞼の裏へと消えていく

長く短い眠りから覚め 母を起こさないよう静かに寝台から下りる
上着をはおり扉を開ける
誰も踏んでいないはずの雪の上に点々と兎の足跡が残っていた
僕はそれを追って歩く

さくさくと雪を踏みしめる小さな足音だけがする
やがて水音がそれに混じる
小川だ
まだ凍ってはいない

橋を渡ろうか引き返そうか迷って立ち止まる僕の前に突然
小さな影が横切った
細く鋭い声をあげて水の上を切り裂くように飛んでいく
上がる水飛沫と朝の木漏れ日が青い羽に反射する
光を追いかける僕の視線の先を
鳥が川の上流へ雪の木立の中へ
羽を煌かせながら消えていく

僕は立ち尽くした
無彩色の世界の中でただ一点青く残像を残した鳥が
もう一度見えないかと息を殺した

しかし二度とその姿は見えず声すら聞こえてこなかった

やがて
冷え切った身体で家へ帰ると
母が扉の前で待っていた
家の中は火が燃え盛り暖かかった
それは七歳の冬のことで
母とすごした最後のクリスマスだった

未来を知ることも無い幼い僕は
雪の中の鳥を記憶の底にしまいこみ
その青の鮮やかさだけを
何処か物悲しい想い出として胸に抱き続ける

その鳥の名を
生涯知ることもなく