泣き男

世界が明日終わるとしても-番外編

 

その夜、満月のはずだった。重い雲が垂れ込めていなければ・・。

「まるで捨て犬ね・・」
「酷いおっしゃりようだ」
「あら、今ほど貴方に優しくした時はないわ。こうやって抱いてあげてるでしょう」
「でも・・貴方の腕は変わらず冷たい」
「身体が冷たいだけで、私の心を疑うの」
「貴方の心を手に入れたことなど、一度もありませんよ」
「相変わらず我儘ね。そんなものどうでもいいでしょうに」
「以前の私ならそうでした。しかし、今となっては・・」
「心の温もりが欲しいというわけ・・なんてみじめで愚かな男かしら」
「はっきり言ってくださるのが、貴方の優しさだと判っていますよ」
「・・そんな目に見えないものなど、信じないで」
「いずれにしても、今は何も見えません。灯りはないし、月すら雲に隠れている。このまま夜が明けなければいいのに」
「心が傷ついたからといって、神にでもなったおつもり?あと数時間で日が昇るわ」
「では、私の眼を潰してください」
「そこまで優しくはなれないわ」
「やはり、冷たい方だ・・そう、眼を潰せば、眼を捧げれば、あの人は振り向いてくれたのだろうか」
「たとえ心臓を捧げても、犬が喰うだけよ」
「貴方ならそうでしょう。何度心臓を貢がれても、貴方は一顧だにしない。愚かな男たちの骸が散らばるだけだ」
「女の生き延びる道は、男とは違うの」
「生き延びる・・・そうか、彼女は」
「きっと、生き延びようとは思っていないのね」
「では男は・・生きる為にどうすれば」
「女の腕の中を信じなさい。さあ・・眼を閉じて。夜が明けるまでは抱いていてあげる」
「できれば、このまま眠ってしまいたい・・かまいませんか」
「お好きになさいな。貴方も私も、明日の命があるかは判らないのだから」
「ええ・・そう、明日は判らない。このまま・・・目覚めなくても・・・」
「・・・でも、私は生きる。どこまでも、地に這いずってでも生きていく。貴方とは違う道で・・ヴィクトール・・もう、聞こえていないの?」

旧い世界が瓦解する前夜。ある月のない闇夜の出来事。泣く男と冷たい腕の女の話。