歯が真珠のようだと思ったことがある。

故郷の小さな教会、そのマリア像の手にした百合の中に一粒の真珠が埋め込まれていた。白の中に不思議と虹のような鮮やかさがあった、あの色。

遠乗りで入り込んでしまった、深い森の中。幼子の手にも届く低い棗の木の実を彼女がもぎ取った。カリ・・と乾いた音をたてて、歯が実を齧る、その一瞬だけ。あれは真珠が噛んでいるのだろうと。

棗は熟れていなかったらしく、彼女は顔をしかめた。青い棗を噛んだあの真珠は生え変わり、その役目を子ども時代と共に終えた。彼女の部屋の小さな銀の箱に入っているはずの、真珠の欠片。

その箱は今、俺の手元にあって。しかし硬い鍵のかかった箱は閉ざされたままだ。あの真珠、今はもう色褪せただろうか。青い棗の実、森に一瞬響いた乾いた音。あの瞬間だけ、彼女の歯は真珠になって、白い極彩色に輝いた。

この箱がもし開いたら、真珠から海が溢れだし、全て海中に沈めてしまう。あらゆるものを波の下に沈め、深い海の底で、俺の届かない愛も、箱を盗んだ罪も、傷ついた貝の中で真珠になる。そしていつか、幼い少女の歯になって、まだ青い実を齧るのだろう。