感覚

夜、目を覚ます。時計を見なくとも、夜明けが近いことがわかる。鳥さえ鳴かない静けさ、夏が近いはずなのに、肌が泡立つようなひんやりした空気。
隣で眠っている彼を起こさないよう、そっと身体を起こしてみた。周囲の暗がりの中で、ぼんやりと浮かび上がってくる横顔。よく眠っている、目覚めないでくれ。目覚めてしまえば、朝が来てしまう。

小さくため息をついて暗がりを見渡すと、白いシャツが目に入った。絹のシーツの上に、打ち捨てられた洗いざらしの綿の布。たぐり寄せる、少しざらついた手触り、彼の首筋の匂いがする。
ためらった後、羽織ってみた。熱が逃げていた肩にぬくもりが移る。身ごろと袖が余るほど大きいことに驚く。目を閉じて思い起こしてみた。腕を回す時の背中の厚み、頬を埋めた肩の幅、背中に感じる手のひらの大きさ。

―――このシャツのように、私は彼の中にすっぽりと入ってしまえる。彼の中に入った私が、彼の目で私を見たらどう見えるのだろう。しかしその時、私は彼の中なのだから、私を見ることはできないのではないか。
彼のシャツを通した腕で、自身を抱きしめてみる。いま抱きしめているのは、私。金色のまつ毛を揺らして、彼を見上げている。目にうっすらと涙が滲んでいる。愛している、という言葉の前に唇があわさる。

―――彼の目で私を見たい。どれほど彼を愛しているか、失えば生きていけないか、ひとときも離れたくないと願っているか、それが表情で伝わっているかを確かめたい。彼に私の愛を疑ってほしくない。彼に・・彼を・・・・知りたい、彼が私を愛していることを、彼の中で確かめたい。お前の中に私を入れて、朝になって離れるふたりではなくて、片時も離れず一緒にいて。

このまま、このシャツに包まれたままでいれば、私は彼とーーひとつでいられる。

 

やがて、朝が訪れた。コルセットを締め、ブラウスに手を通した時、ふわりと夜の匂いがした。私の肩に、掌に、洗いざらしのざらついた布の感触が残っている。それは彼の、裸の背中に手を回した時の感覚に_____よく、似ていた。