雲の形

世界は謎に満ちている

 

「どうして?」
これは私がよく言っていた言葉だ。出会ったころ、私たちは互いを知ることより、剣を交えたり、馬の世話をー彼の仕事を私が横取りーしたり、大人の目を盗んで遠出したりしていたけれど。

館から離れる、知らない場所知らない木々、できれば遠くまで見とおせるところが良かった。
競走はたいてい私が仕掛け、川の水の美味しいところを見つけるのが彼だった。私は彼が、雲の形で天気を予想したり、草笛に向いた葉を見つけたりするのが不思議だった。私が尋ねると彼はちょっと驚いたような顔をして、どうしてかな?と考え込んだ。
「でも、オスカルはさ」
「うん」
「風はどこから来るんだろう、とか。虹の端が切れてるのはどうしてだろう、とか。いつも聞いてくるよね。僕はそっちのほうが不思議」
私は少し顔が赤くなった。それはしじゅう私の中に浮かぶことで、しかしそれを彼以外に問うことはほとんどなかった。

彼が来るまで、私の周囲に同じ年頃の子ども、男の子はいなかった。姉たちは歳が離れていて、嗣子としての教育を受けていたから、母と話す時間も多くなかった。
私は空を見上げるたび、走るたび、心に浮かぶこと。何故雲は流れるんだろう、同じだけ走っても、汗をかく時とかかない時があるのはどうしてだろう。
一度だけ、父に私の中に絶えず疑問が浮かぶことを話した。父は少し難しい顔をした後、それまで出入りを禁じられていた書斎に私を連れていった。知識をつけなさい、お前の探しているものが見つかるかもしれない、と言われた。
私は、私の中の疑問は自分で答えを見つけなければならないのだと知った。でも、書物のなかには全ての答えはない。探せなかったのかもしれないし、無いのかもしれない。

そんな時、彼が遠い村からやってきた。私の知らない村、私の知らない土地、それはどんなところだろう。花は同じ?樹の種類も?星はどんなふうに見える?私が折々に聞くことを、同じだよとか、でも知らない花や樹があるかもしれない探してみようとか、僕にもわからないな、といつも答えてくれた。私はひとりで抱えていた沢山のものを、誰かと分かち合うことを知った。

「私が・・聞くことはどこかおかしいか」
「なんで、そんなことないよ。オスカルはいつもびっくりするくらい、いろんなものを見てるし気がついてる。どうしてそんな風に見えるんだろうって、僕はそれが不思議なんだ」
「そう・・なのか」
「うん、だって星の瞬きかたが違うなんて、僕は気がついたことがなかった。オスカルに言われて初めてわかる」
私は寝転んで空を見上げた。雲が流れている、丘の向こうの雲は大きく、頭上の雲はちぎれたように小さい。どうして。
「オスカルの眼でこの丘を見たら、すごく沢山のものが見えるんだろうな。ちょっと見てみたい」
「本当に?」
「うん、オスカルが見ているもの、僕も見たいよ」
雲が滲んで見えた。こんなに空が高くて、風が優しくて、とても・・嬉しいのに涙がでる。どうしてなんだろう。

私に見える世界は彼とは違うんだ。でも同じじゃなくても、良いのかもしれない。これからもっと、私の眼に見えることを話して、彼が知っていることも尋ねて、そしたら知っていることは倍になる。いつかはこの世界にあることを、たくさん知ることができるかもしれない。
「それって、すごく楽しいね」

知っていく世界は楽しいばかりではなかったけれど、あの時間、あの言葉は確かに深く、私の中に刻まれた。

 

私も、お前の眼で世界を見たい。愛しいお前の、黒い瞳で。

 

END