月光の剣

或るところに想いあい結ばれた男女がいた。剣もて王を守れと定められた男は、立派に志を継ぐ息子を求めていた。しかし彼らの最初の子は娘だった。男は心のうちで落胆したが、彼らはまだ若く、幾人もの子を望めるだろうと思った。

次の年に妻は身籠り、男は喜んだ。息子が生まれればまだ目の開かぬうちから授けようと、一振りの剣を用意した。産声が聞こえると男は勇んで剣を手に取ったが、渡されることはなかった。

次の次の年、男は用心深くなった。剣は目が開いてから授ければ良い。妻がもし辛そうな顔をしていても、子の誕生を祝そう。そして祝いの席は設けられた。妻は下を向いていた。

妻は再び身籠った。男は戦の勝利以外祈らなかった神に、息子を授かるよう祈った。妻の苦しみは見たくない。それ以上に、自身が、妻に落胆したくなかった。お互いだけが伴侶だと誓ったのだから。だが、祈りは聞きとどけられなかった。

もしや何かに呪われているのだろうか。神の御心に沿わない行為をしたのだろうか。王を守ることが神からの定めであり、それに背いた事は無い。ならば妻か。貞淑で慎み深く、神への畏敬も忘れない。妻ではあるまい。ならばどうして、五人もの子を授かりながら、男子に恵まれない。

 

何故だ、務めを怠らなかったではないか、定めに従ったではないか。宮廷の悪癖にも染まらず、誓いの元、妻以外に触れず、守る甲斐のない王とて守った。何故、私に息子が与えられない。
常に強さが欲しかった、王を守り我が力を誇示する強さが。昨日より今日、明日もっと強く。鍛錬し技を磨き、誰にも負けぬほど努力し、百万の敵に対峙できるほどの力をつけた。その証たる息子が欲しい。強さを継ぐ息子無くして、人生に価値はあるのか。

再び命を宿した妻の、日ごとに丸みを帯びる腹の、そこには息子がいるはずだ。人生を肯定する子が。

だが、息子は死んだ。生まれる前に。

手を見つめる。幼い時から剣を振るっていた手は硬く、指は鋼のようだ。敵の首さえひね切れる。しかしこの手は何も生みださない。ただ倒す、ねじ伏せる、斬りすてる。この力になんの意味があった・・この強さに。

 

最後の子ども。それは十二月。幾晩も激しく雪が降り続いた。聖なる子が生まれた日、重い雲と絶え間なく落ちる雪で世界は白かった。全ての色、全ての音が消え、ただ苦しみ喘ぐ妻の声だけが響いた。苦しむの声は長く続き、激しくなり掠れた。妻も子も、助かるまい。血を継ぐ息子は生まれまい。男は全てを諦めた。雪は風をともなって荒れ狂う。白い影、白い闇。いっそう激しく、どうと鳴る風にバルコニーの扉が破れた。蝋燭の灯りが一斉に消え、闇に包まれた瞬間、産声が聞こえた。

嵐の音をかき消し、闇を裂き、地を鳴らすほどの力強い誕生の声。扉を開けると、白い闇の中に金色の光があった。声はその光の中から聞こえる。小さな体を精一杯に振るわせ、母の嘆きをかき消すほど強く叫んでいる。

――見つけた、此処にあった!待ち望んだ強さが!!

俯く妻の手から子を奪い、脈打ち震え叫ぶその身体を、絶望の嵐の夜に生まれた娘を、高く掲げた。

―――お前の名は、オスカル。お前こそが強さを継ぐもの。私の息子だ!
 

 

嵐は静まり、雪はただ微風に舞うだけになった。子どもは眠っている。その手に剣の柄を触れさせて。皆が眠る夜半、月の光に呼ばれ子どもは眼を開ける。世界は静かに広く、手に感じる金属の冷たさの意味はまだわからない。

青い瞳にはただ・・白く細く、差し込む月光だけが映っていた。