朱 −1

白く細く しなやかな身体からは 夏に咲く花の濃い匂いがした
あるいはそれは 死の匂いだったのかもしれない

「美しいでしょう」
「初めて見ました」
「母の温室には世界中の花があったわ、中でもこの花が好きだったの。好きと言うより・・」
王妃は言葉を止めて、花に近づく。
「・・憧れ」
そっと花弁を持ち上げると花の香りが漂う。
「花開くのを、待って待って待ち続けて、ようやく一晩だけ咲く。朝になる前に閉じて、二度と開かない」
硬い茎には似つかわしくないほど、繊細な白い花。夜の闇の中でそれだけが浮き上がっている。
「美しいわね」
「はい・・」
「あなたが、よ。しばらく会わない間に」
「私が」
「空恐ろしいほど。肌が青みがかって、中から発光しているよう。こんなに」
すっと手が伸ばされ、オスカルの顎を捉える。
「顎の線は細くなかったでしょう、睫毛の影も濃くなって」
「何も・・ありません、陛下」
「あなたはいつも、自分のことは話してくれないのね」
「そういう訳では」
「いいのよ・・私がそうさせているのだから」

広い温室には、かすかな月明かりだけだった。ふたり以外誰もいない。繁茂していた樹々や花も少なくなっていた。
「あなたが近衛を辞めて私から離れていっても、あなたが好きだったわ。でも、もう・・会えないのね」
「・・・はい」
「だから、これを。月の下の美しい人、あなたへの餞に」
王妃は手折った花を、オスカルの青い軍服の胸に挿した。香りがふたりを包む。
「花は閉じてしまう、でも・・あなたは生きなければだめよ」
オスカルは王妃の手をとって、口づけした。花が瞳を伏せたように傾く。

「さようなら」
そうして、温室の扉は閉じられた。

 

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