朱 −2

「あの方の言葉どおり、夜のうちに閉じてしまったよ」
帰ってきたオスカルから、常とは違う香りがする。陽は昇っているのに、どこか夜の香りが。
「夜にだけ、一晩だけ咲く花か」
「・・・夜の女王」
「何?」
「その花の二つ名だ、夜の女王。私への手向けだったけれど、あの方自身でもあった」
「もう、咲かないのか」
「・・温室は閉じるそうだ。花を愛でる時ではないからと」
「それで、話は」
「・・この花が答えだ、閉じた花は二度と開くことはない」
手折られた花はもう萎れている。
「今日のパリ巡回も予定どおりだ、隊士を集めてくれ」
「わかった」
閉めた扉の向こうで、咳の音がする。冷夏とはいえ、夏の日中に頬は抜けるように白かった彼女。彼は首を振って廊下を進んでいった。

 

そして一日が終わろうとする。パリの巡回、そこここで集まる敵意に満ちた人々、今日は軍同士のこぜりあいすらあった。地方から集められ急激に増えた軍隊は、互いに対する信頼も薄い。
「あんな奴らにパリが守れるのか。逃げた革命家を追いかけて道に迷うのがオチだろ」
「その前にパリ娘に骨抜きにされて役に立たねえよ」
戻ってきた兵たちの軽口は、本格的な戦闘が起こらないでほしいという希望の裏返しだ。あいつらは役に立たない、だから戦闘もおこらない。そんなはずはないと、皆知っていたが。
「というかさ、パリを守るって・・なんだろ」
小柄な兵士がぽつりと言った。
「何・・って、お前そりゃ」
兵士たちは言い淀む。表情がいっせいに沈痛になる。
「お前のダチを守るんだよ。それに、この間振られた花売りの娘もな」
アランが小柄な兵士の頭をこづいて笑いながら言った。
「振られてないよ」
「今度の休暇に会おうって言ったら断られたんだろ」
「やっぱこいつには無理だったんだって」
兵士たちが笑い、似合いの娘は他の誰それだとか話し出した。アランが顔を上げると、アンドレと目があった。その向こうにはオスカルが立っている。アランの言葉が投げかけた波紋に、ふたりとも気づいていた。

 

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