夜来たる

夜の来ない星があるとしたら 私たちの恋はどこに隠れればいいのか

 

夜は私たちの時間だった。彼が館にきてから私の相手以外にも、さまざまな仕事をしていた。馬の手入れをし、庭師を手伝い、水を運んだ。故郷にいた頃は、母を助けてなんでもやっていたからと。父と母を亡くし、たったひとりで遠くへやってきた少年は、そうやって自分の居場所を必死に作っていた。

それでも夜に故郷と同じ星を見上げると少し寂しいという彼に、私は字を教え、彼が好きそうな物語を探した。本を貸すことを口実にして、眠るまで彼の部屋で一緒に読んだ。読みきれなかった本の続きを想像して語りあい、互いに自分の話の方が面白いと譲らなかった。時には作った物語を話して聞かせあった。冒険の話、知らない世界の話。
話し疲れてうとうとと眠りにつく前、ふと小さな窓を見あげると、降るほどに星が瞬いている。眠る子を見守る星の川。私は彼が二度と寂しいと言わないよう、願いながら眠りについた。

それから長い年月が経ち、触れあうようになっても、私たちの時間は夜だった。晩餐のあと、彼がワインを持ってくる。それを傾けながら気晴らしのチェスをする。昔と同じように物語を読む、途中まで。本の続きを語ることはない。夏の近づく季節、私たちの夜は短すぎたから。恋を隠す夜には、蝋燭もカンテラの明かりも消し、叶うなら月明かりすら消してしまいたかった。誰にも見咎められないよう、夜の闇に隠すために。

 

抱きあった後の短い眠りからふと覚めると、外は月のない新月の夜。星あかりは一層眩い。しかし月と違い、星は私たちの影を映し出したりしない。ただ空に瞬き、私たちの秘めた恋を守っている。

「夜の無い星・・」
「何?」
彼は眠っていなかったのか、私のささやきにすぐに答えがあった。
「昔、何かで読んだんだ。太陽が幾つもあって夜が無く、人は暗闇を知らない。あるのは人の影、木陰だけ。夜のこない星とは、どんな世界なのだろう」
幼い頃読んだ不思議な話。彼に読ませようと思って、やめてしまった。
「そんな世界で、人はどこに秘密を隠すんだろうか」
「闇がない?」
「おそらくは。どこにいても太陽は常に明るく全てを照らす」
「秘密か。樹の下を掘って埋めるかな」
「それすら見咎められるかも」
私は苦く笑う。
「鍵のかかる抽斗、細工箱。いや・・きっと」
彼が後ろから私の肩にキスをしながら、小さくつぶやく。
「そんな星には秘密がないんだ、隠さなければならない恋も」
彼の表情は見えない。肩に触れている唇も、腰に回された腕も暖かいまま。でも私にはわかる。彼は今・・。
「ならば、その星なら恋を隠さなくてもいいんだな。だれもが秘密を持たず、私たちの恋も、全ての恋は許される」
答える私の声には力がこもっている。

身分によって生まれによって、恋が阻まれない世界。自由な星。私が彼の主人ではなく、彼も貴族の従者ではない。私たちはただ人間として、向きあい愛しあう。
「許され、神に祝福される。誰に阻まれることもなく、沈まない太陽のもといつまでも・・生きる」
「そう・・なのか」
「だからいつか、神の前で誓いをたてよう。お前は私の夫で、生涯愛し離れない。死を持ってしても離しえない。そう誓う」
「・・夜の無い星で?」
「違う」
私は振り返り、彼のひとつだけの眼を見つめ、強く手を握る、
「ここで、私たちのいるこの星でだ。ここで私たちは生きている、だからいつか、きっと」
彼は何も言わず、私を抱きしめた。回された掌がかすかに震えているのがわかる。
「オスカル、約束しよう。神の前でお前を妻とすると、きっと・・誓うよ」
彼の肩越しに窓の外を見る。夜空を染めて流れる、星の川。私もいつか必ず誓おう。だから、物語の続きを話さなかったことを許してほしい。お前にその物語を読ませたくなかった理由を。

常昼の星は二千年に一度、夜が訪れる。迫りくる暗闇への恐怖とともに、暗い空の無数の星を人々は畏れ、光を求めてつけた火は星を焼き尽くした。星の瞬きによって、夜のない世界は滅ぶ。

 

私たちが神の前で愛を誓う世界は滅びるだろうか。私たちは・・生き延びられるだろうか。それはきっとこの降るような星々ですらわからない。胸に巣くう病を抱えた命が永らえるのかも。
それでも、秘密の恋が祝福される世界が来ることを、私は願う。私たちが滅びずに、幸福に生きられる星を――――――願ってやまない。

 

 

アイザック・アシモフ 「夜来たる」より