遠くへの手紙

君に最後に残しておきたいんだ。こんなに早く逝くことになってすまない。君とアンドレのことだけが心残りだけれど、でもそれ以外俺の人生に後悔は無い。君に出会えた。かけがえのない息子も授かった。これ以上の幸福があるだろうか。叶うならば、君とまだ生きていたかった。アンドレが大きくなるのを見たかった。死にたくはない、生きていたい。それすら叶わないなら、ただこの幸福だけを胸に抱いて、逝く。

あなたのお父さんの話をしてあげるわ。とても背が高かったの。もう覚えてはいないかもしれないわね。小さなあなたを肩に乗せて、あなたがとても喜んでいたのよ。どうか覚えていて、あの人のことも私のことも。あなたがこれから見るものを私達も見ているから。あの人が私がいなくなっても、どうか・・幸福でいて。

 

これは嘘の手紙。こんな手紙などない。父さんも母さんも字など書けなかった。書けたらよかったと思う、残していてくれれば。ただ薄れていく記憶の中に消えていくだけなのは、辛い。

故郷の村を離れた。ふたりの墓すら遠くなってしまった。父さんはどんな顔だった、母さんの声は。強かった、優しかった、愛してくれた。その記憶はあるけれど、どんどん遠くなっていく。
寂しい。今ここにいて欲しい。村から離れて大きな街へきて、知らない館で働いてる。親を亡くした僕に皆優しいし、おばあちゃんも気にかけてくれる。仕事が忙しくてくたくたになって眠るから、泣いている時間もあまりないけれど。それでも、こんな夜は眠れない。降るように星が降って、父さんが教えてくれた冬の星座や、母さんが子守唄を歌ってくれたことを思い出すから。

だからろうそくに明かりを灯して手紙を書く。僕は字が書けるようになったんだよ。いろんな仕事もできる。そして・・そして大好きな友達ができた。お嬢様なのか若様なのかわからないけど、かけっこや剣の練習では負かされてばかりいるけど。

でも大好きな友達なんだ。内緒だって言って僕にばらの鉢をくれた。父さんが教えてくれた冬の星みたいな、きれいな青い瞳をしてる。僕に字を教えてくれたのがその子なんだ。これが君の名前、これが僕の名前、こう書くんだよって。だから、僕は今手紙が書ける。どこかに届けるあてもなくても、こうやって夜に手紙を書いていると、悲しいより懐かしさが増えていく。

父さん、母さん、僕が見ているものが見えるかな。そしたら僕の友達もわかるよね。きれいな子でしょう。でもとっても強いんだ。今度は馬に乗ろうって。馬の競走なら僕は負けないよ、毎日世話をしているから。それにね、秘密の温室も一緒に手入れしてるんだ。
花の種類は母さんに教えてもらった僕の方がよく知ってる。ああ、まだ話したいことがいっぱいある。でももう今日は眠るよ。ふたりで育てたつるばらがもうすぐ咲くって、あの子が教えてくれた。だから朝一番に一緒に見ようって約束したんだ。きっと朝日のこもれびが金色の髪に光ってきれいだろうな。もう寝なきゃ。

 

父さん、母さん、また手紙を書くね。次の手紙にはばらの花びらを入れておくよ。きれいな、白いばらを。

 

 




    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です