天上の星

これは私の娘だ、息子ではない。私が男の名前をつけ、手づから剣を教えた、娘。

娘の人生を捻じ曲げた父に似ず、しなやかに強く育った。その娘を手にかけようとするこの時、私は娘の正面に立つことができない。なぜ私は娘の背後に回ったのか。なぜ娘の目を見たまま、剣を振り下ろすことが出来ないのか。

将軍である私が、武家の当主である私が。

 

初めて処刑を見たのは十四歳の時だった。父から王に反逆した者の末路を見届けろと言われた。
処刑台で振り下ろされる剣。肉の切れる鈍い音がして首が落ちる。私は罪人より、血塗れの剣を持って立つ処刑人を見ていた。あの男は躊躇わなかった、一刀のもとに首を落とした。その記憶がいつまでも残った。

人を殺したのは十九歳。王の狩りに同行していた。木陰から王に向かって飛び出してきた男が剣を振り上げた瞬間、間合いに入った私は男の喉を突いた。踏み潰された獣のような声、血走って見開かれた目。私の方へ手を伸ばし・・。浴びた血の生暖かさと匂い。崩れ落ちるまで私を睨んだままの両眼。

私は処刑人を訪ねて聞いた。なぜ躊躇うことがないのか、なぜ、死ぬ間際の男の目を見返していられるのか。
「剣を振るうのは、王だからだ。私ではない」
王は神から権利を授けられた。故に人の命を奪える。王は盗む者、国を乱す者、王に仇なす者、の命を絶つことができる。処刑人を、私を使って。

フランスの、王の名において、私は娘を処刑する。

手に持った剣が稲光を反射する。私が初めて娘に剣を与えたのは、七歳の時だった。その時の、喜びに満ちた表情。入隊するときの眩い白い軍服。傍で妻が、苦しげな顔していたことも知っている。

私があの嵐の冬の夜に、娘に男の名を授けなければ。娘が近衛に入る時止めていれば。全ては、私の過ちだった。今私がしようとしていることも、過ちではないのか。私の中に、自らの過ちと迷いがあるから、娘の目を見て剣を振れないのか。あの崩れ落ちた男の目を忘れていない私は。

剣を振り下ろせば、その過ちを正す方法は永遠にない。私は永遠に娘を、喪う。私が、この手で。愛しい私の、娘を。

 

それでも今、殺さなくてはならない。叛逆を許しては国が瓦解する。偉大な王が、美しい国が、火の中で崩れ落ちる。この国を愛する者として、守らなければならない。それが私の生まれた、私の生きている意味なのだから。

私が国の行く末を見る事はないだろう。私は間違いのために、罪のために地の底に落ち、娘は天上に昇る。私は永遠に天上を見上げるだろう。そこに輝く青い星を。

 

オスカル、私の娘。さらばだ。

 

 

 

 




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