愛の歌

アニメ20話より

 

 

「愛の小箱・・フランスに来る時、母から贈られたものなの」
「テレジア様の・・」
「母と二人きりになる機会はほとんどなかった。政務で忙しく、家族との時間はいつも兄や姉達もいたから。でもいつだったか・・母が部屋に一人でいた。椅子に深く座って、背中を丸めて。女帝ではなく、偉大な母でもなく、ただの・・ひとりの小さな女性として」

王妃は庭で椅子にかけ、小箱を手に咲き始めた薔薇を眺めている。卓を挟んだ向こう側に女性が一人座っていた。ふたりは向いあわず、風そよぐ庭先を見ていた。
「あの時私は幼くて、そんな母のそばに行ってもいいのか迷った。扉の横で躊躇っている私に母が気づき、黙って手招きしてくれた。私は母の膝に掴まって・・この歌を聴いていた。その一度だけ、母が歌った歌を」
王妃が箱の小さなネジを回す。静かな物憂い曲が流れてくる。
「珍しい物ですね」
「ふふ、母は珍しいものを集めるのが好きだったのよ。温室もそれは素晴らしかったわ」
「偉大な方です」
「フランスに来てから、いつも手紙で叱られてばかりいるけれど。この小箱には、何も入っていないし何も書いていないの。ただ、一度だけ聴いた歌が流れる・・」
「お好きな歌だったのでしょうか」
「どうかしらね。でも、その時のことを覚えていたからこそ、これを贈ってくれたのでしょう。オスカル・・」
「はい・・」

「あの日は、ありがとう。あの夜会、あなたは来ないかと思っていたわ」
「アンドレに、嗜められましたので」
「まあ、アンドレに」
「はい、私はあなた様をお支えするべきだと。あなた様と・・彼を」
「そう、アンドレが私と・・彼の方を救ってくれたのね」
「救われたのは、私もです。成すべきことを思い出させてくれた。アンドレはいつも私が挫けそうになると、道を示してくれる」
「それは、あなたが人に心を開く強さを持っているからよ。心閉ざす相手を信頼する人はいないもの。私も・・そうでありたかったわ」
「王妃様・・」
「知っているでしょう。子を成していない私は、この国に居場所がない。彼の方に・・・出会うまで、心から安らぐこともなかった。私がもっと強くあれば、あなたのように信頼できる友を得たかもしれない」
「今からでも、遅くはありません」

「そうかしら。あの時、私に手を差し伸べてくれたのは、あなただけだった。私の過ちは皆知っていたのに、誰も・・。施政者は孤独だと、ひとりで立ち戦わなければいけないと、母に教わったけれど。私は誰かの手が無ければ、立ち向かうこともできない」
「王妃様は強い方です。あの晩、私の申し出を受け入れられた。彼が・・出征する時も、ただ無事を祈る言付けだけを伝えられた。誰が知らなくとも、私はあなた様の強さを知っています」
「ありがとう・・オスカル。この曲、歌は入っていないけれど、少しだけ覚えているの。確か・・・」
――私はあなたを愛する、ただ、愛する。私の心、私の強さ、私の罪、私の血、すべてあなたのもの。だからどうか・・

「この先は、覚えていないわ。でも、もしかしたら・・」
――帰ってきて、私の元へ
「オスカル・・」
「そう、願っておられるのでしょう」
「そうね。あなたも・・・なのね」
「・・・彼は、帰ってきます。遠く海を隔てていても、心は戻ってくる。この国へ・・あなたの元へ」
「いつか・・・」
「いつか・・きっと」
いつか、この哀しみが、愛しさが、戻ってくるように。行き場のない想いが、薔薇の香りとともに・・どこか遠くへ、飛び立っていくように。ふたりの女性は願っていた。

 

旧世界からの自由を求めた戦いは、それから五年続いた。人間の自由と平等の足音は薔薇の庭のすぐそこまできていた。

 

 

END

 

 

 




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