アニメ30話より
オスカル様はどの薔薇がお好きですか・・。
以前、庭先で訊かれたことがある。私は、なんと答えたか。その時、薔薇を摘んでいる少女こそが花だと思った。少女も彼の方も、咲き誇って香り、愛される花。
「お前は女なのだ。男だなどと、誤魔化してはいかん」
女性とは、愛される花だ。この白い薔薇のように、育まれ愛でられる。私は花ではない、花には生まれつかなかった。
「美しい・・私の娘なのだから」
私は目の前にいけられた薔薇の花弁を摘む。ほんの一息でふわりと散ってしまう花びら。私は花として生まれることもできたのか?花として生きることもできたと?目の前の薔薇に問いかける。
結婚。私の人生にあるはずのなかった言葉。私は生涯、戦うものとして生きるのだとそう信じてきた。しかしあの人を愛したことで、私の中で何かがひび割れた。王を守る者としての土台が揺らいだ。私は戦う者として生きてきたのだから、揺らいではならない、崩れてはいけない。そう思い、定められた道を離れたのではないか。
その私が、剣をおき花を摘む。戦う道を手放して、花として生きる。そんなことが・・。
「こいつは、あんたに命がけだぜ」
傷ついて倒れている男、私を愛している男。私はお前に命を賭けられる価値があるのだろうか。戦うことすら迷っている私に。
指先で触れると冷たかったのか、彼が少しうめいた。涙のあとを拭う。唇が切れて血が滲んでいる。もう傷つけたくないのに、二度とお前が地面でのたうち、暗闇の中で流す血を見たくないのに。
――お前の眼でなくて良かった、本当に。
そう言ったお前の。
「・・アンドレ」
喉の奥が詰まる。今、泣くべきではない。私が泣く資格はない。お前を苦しめ、お前を遠ざけようとした。愛する者から離れたとしても、想いも心も変わりはしないと、私自身が知っていたのに。これは私の過ちだ。
彼の服をはだけさせると、あちこちに痣が浮き上がっている。傷に触れないよう左胸に手のひらをおいて、鼓動を確かめる。皮膚と肉と骨の下で、強く脈打っていた。
そうか、お前も戦っているんだ。苦しみを胸に秘め、捨てられも離れられもしない想いとともに、足掻いて生きている。私と同じように。血が滲んだ左胸の傷に、そっとキスをする。唇についた血を飲みこむ。
求婚者を集めた舞踏会で、父に供を命じられたアンドレを留めおいた。
「私は、そう簡単に嫁にはいかん」
彼は何も言わず、歩いていく私を目で追っているのだろう。その残された右目で。
私が軍服のまま舞踏会に現れたことで、全ての求婚者は去っていった。父ももう、何も言わなかった。
私は愛られる花として生まれなかった。しかし荒れ狂う風に向かい、抗って散る花にはなれる。咲いて散るのならば・・・最後の一片まで吹く風に飛ばされ、空の彼方へ舞い上がる。
そのような、花でありたい。
END