メモワール

わたしの前に扉がある
それはこの世の最初に芽を出した
古い樫の木で出来ている

わたしは扉をノックする
1回 2回 3回
「お入り」と声がして
開けると そこは夏

川面に銀の魚の鱗がはねる
水はひんやりとして踝をぬらし
お前は小さな魚をつかんで
わたしに渡す

わたしは扉をノックする
1回 2回
「お入り」と声がして
開けると そこは秋

葡萄が房をたれ
お前はそのひとつを手に取る
口に含むと苦く甘い
その果汁が舌を指を藍に染める
だからわたしの指先は
いまでも色づいたまま

扉を開ける 扉を開く
次は冬

大地は冷たい氷
大気は肌刺す鎌
灰白色の世界は
わたしとお前のふたりだけ

これは最後の扉
めもわあるという名の
そこは春

ほら星が出ている
あれは双子 兄弟の星
わたしとお前
いや違う
あれは巨人の眼
太古の恐れられた神の眼だ
神が全てを見ている

アナタニ神ノゴ加護ガアリマスヨウニ