我万死に値す


「国王として君臨することこそが罪である。祖国が栄えるためにルイは死ななくてはならない」

1793年1月17日の早朝、11時間に及んだ国民公会の投票の結果、ルイ16世に対する死刑宣告が可決された。同年1月20日、ルイは家族との最後の面会を許される。

「国王であっただけで何の罪もない」
そう妹は泣く。だがそれは嘘だ。私には大いなる罪がある。

私は望まれた子供ではなかった。幼い時から疎んじられこそしないものの、取り立てて注目されることもなかった。私はただ、生き延びてきた。それだけで、国王という望まない地位に着いたのだ。

私は望まなかった。望まないが与えられた義務を出来る範囲だけでやり過ごす。王太子と名付けられ、祖父の跡を継ぐのだといわれた幼い日から、私自身がつぶれないためだけに、そうやって生きてきた。

それが私の罪だ。何も為さなかった事が。

私は周囲に失望ばかりを与えてきた。人々の望む像に到底及ばないことも気づいていた。いくら教わっても、失笑をかう歩き方は直らない。人々が歓談している場では、上手く話せない。そんな私のもとに嫁いできたのが、マリー。夏の陽光の下の薔薇のような私の妻。華やかで美しく、そして私達が窮地に陥ってからは、国王の周囲での唯一の男性といわれるほどの強靭さを見せた女性。全てが私とは対極にあり、彼女の眩しさと強さの前にただうな垂れるしかなかった。私は彼女の望んだような強い夫ではなく、危機にあってもほとんど何も決断できなかった。だから妻が他の男性を愛したとしても、無理からぬことだと自分に言い聞かせた。

私は私自身の形を持たず、求められるままに王を演じてきた。私は、そのような人間になりたかったのだろうか・・・いや。違う。

もっと信じるべきだった。自分の力を。私自身を。たとえ自分が相手を想うほどには愛されずとも、気持ちを伝えておけばよかった。心から愛していることを、愛されたいと求めていることを。

そして私の国・・君主となったのに支えることが出来なかった。革命が起こってからも、いやずっと前から、私は道を間違えてばかりだった。ヴェルサイユを離れた日、ヴァレンヌへ逃亡した日、議会に立憲君主を宣誓した日。そのどこかで正しい道を進めば、国を瓦解させることもなかったのだろうに。
王という拠りどころを失い、権力を掴もうととする者が跋扈し、国は荒れ人は苦しむだろう。私はそれを食い止めることができなかった。

確固たる意思を持たず、ただ流され、何も為さなかった。
それ故に愛する家族を死の淵に追い込み、国を崩壊させた。
国王であるべき人間が国王でなかったことが罪。
下された判決は、死。

我が罪は万死に値する。
この首が地に落ちても、私の罪科が消えることはない。

愛する妻と子ども達よ。許されざる私を哀れまないでくれ。処刑の朝を待つこの時に、初めて自身の咎に気づいた私を。罪を知ったことで、私は恐れずに死にのぞめるのだから。残された時間、私は神に祈ろう。妻と子どもが生き延びられるように、幸福であるように。私の血がせめて、この国が真に豊かで美しい国になる礎となるように。

「眠れなかったのかね」
「ええ」
「六時か、ルイはもうすぐ塔を出るころだろう」
「・・ロベスピエール、我々は正しいのでしょうか」
「君が迷うのか。君の演説で歴史的な今日の処刑が決まったも同然だというのに」
「あの時は、本当にここまでくるとは思いませんでした。私の言葉がそれほどの力を持っていたとは」
「自分を信じたまえ。おそらく歴史上初めて、民衆の総意によって王が排斥されるのだ。サン・ジュスト、迷うことはない。我々の進む道は正しい。王は王であるが為に罪人であったのだ。君がこう言った」
「そう・・そのとおりです」
「これで終わりではない、まだ道半ばなのだ。どれほど血が流れようと、革命の理想は成就されなくてはならない」
「革命が真に成される日まで、私も歩みを止めません」
「それでいい。さあ、そのカードはしまいなさい。占いでは我等の進む道は見えない」
「手慰みでしたが・・貴方のおっしゃるとおりですね。これは捨てることにします」
「・・・逆さに吊るされた男か。まさに今日のルイだな。犠牲の牛を屠り、その血によって革命は新たな段階に入るだろう。我々はそれを見届ける」

1793年1月21日午前10時 死刑執行人はかっての国王の首を主権者たる人民にむけて高々と掲げた。共和国を讃える歓声が挙がった。革命はまだ道半ばであった。

END