夏の終わり

夜の底に ひとすじの残像――

 

「あれは・・蛍?」
彼女が問うた。庭の奥まった場所に泉がある。その上を細い光が揺らいでいた。
「もう、夏も終わりなのに」
「逝き遅れて、ひとり残されたんだろう」
「悲しいな・・」
二人は泉の傍の東屋で、遅咲きの薔薇を眺めていた。夕暮れから夜に向かう狭間の、静かな時間。
「そういえば昔、歌で聞いたよ。蛍は鳴かないからこそ、その身を焦がしていると」
「泣く代わりに?」
「声を上げることも、涙することもできないから、焼き尽くすまで己を焦がす」
かわたれ時の風が彼女の髪をそよがせる。
「何に焦がれて、身を焼くのだろう」
それは彼への問いではなかった。彼女自身にかけた言葉だった。
「恋・・かな」
「一片の虫すら、恋に焦がれると?」
「恋する者が見れば、そう見える」
「もう・・燃え尽きようとしている」
次第に弱く緩やかになっていく光の点滅に、彼女の声が重なる。
「お前は・・あの蛍が恋に焦がれているように見えるのか?」
「そうだな」
「私は・・私・・も」
彼女は目を伏せてそのまま沈黙した。彼も何も言わない。

深い紫色を残していた西の空に、金色に燃える星が昇った。地上の炎はその光より儚く、やがて揺れて、泉の水面に落ちた。
「夏が、終わったんだ」
オスカルは泉の淵に腰かけ、水面に手を伸ばして水を掬った。手の中の小さな虫はもう動かない。
「アンドレ・・」
「何?」
「蛍が焦がれて落ちた泉には、やがて渡り鳥が来る。空の青が薄く遠くなる、お前の生まれた季節が来るんだ」
「そうだったな・・」
「夏を謳った者達が逝くのは、次の命が生まれる証しだ」
「また、生まれると?」
「何度でも、夏が来る限り」
「恋のように・・」
「そう・・口にすることが無くても、伝えられなくても、恋は・・消えたりしない」

 

蛍火が燃え尽きても、恋は死なない。夜の底に、いつまでも―――光を残す。

 

 

END