音楽

ピアノは鍵盤に触れれば音がする
細い指先で触れさえすれば音が生まれる
ただそれだけ
それだけの音楽

風が楠を揺らし新緑の葉を落とす
葉ずれの音に混じり旋律が雨を誘うように流れてくる
細く強くなり高く密やかになる
鍵盤が弦を弾く音が恋の嘆きを歌っている
白い指から流れる恋情

「聴いていたのか」
「知らない曲だ」
「私も知らない、誰かが歌っていたんだ」
「誰が?」
「誰だと?」

音は流れる風と雲が速くなる
太陽の光が隠れ現れ音楽は光より先にゆく

「お前は・・どうして」
「聴いているだけだよ」
「どうして、誰かを愛しているような眼で私を見る?」
「それは・・鏡だ」
「ここに鏡など無い」
「愛している眼をしているのはお前、お前が誰かを愛している」

風が木々を震わせる音
音楽が人を振るわせる
指から項から肩から背骨から恋は流れてくる
音に浸され音に流され溺れていく何度でも
「愛した眼をして誰かを」
「見つめている」

やがて風が止まる静寂が戻る雨が落ちてくる
遺るは水滴を受け止め歌う新緑の葉

「愛を、謳っている」