甘露

喉が渇いたな
いい場所がある

5月に入ると急に暑くなった。太陽の下で膚が焼ける音がする。朝、まだ早い時間に出てきたときは涼しかった。陽が高くなるにしたがって、シャツの下に汗が流れる。

子ども同士で遠乗りをすることに慣れていなかった。少年には仕事があり、少女は軍人になるべく教育を受けていた。しかし子どもの一日は無限にある。館を背にして走り出せば、陽光の溢れる野が広がっている。

その日向かったのは小高い森だった。川の流れは細く澄んでいて、喉を潤すのに不足はなかったが。少年は少女を促し、馬をおいて森の奥へ誘った。子どもの足でも進める低い灌木の間を抜けると、涼やかな水の落ちる音がする。

こんな処に
ね、細いけど滝だよ

黒い岩の間から清流が落ちていた。木洩れ日が反射して輝いている。水の落ちるところは小さな泉になり、其処から支流とも言えないほどの細い流れが足元まで続いていた。

この水、すごく美味しんだ 飲んでごらん
うん ああ冷たい、気持ちいい
秘密の場所だったけど、オスカルにならいいや
なんだか、いつもお前ばかり素敵な場所を見つけてる
見つけたら全部言うよ 秘密は無しにする

彼らは笑い合いながら落ちる水を交互に口に入れ、火照った首や手を濡らした。まだ短い金髪が頬に張り付き、水流を受け止めている口元に赤い舌先が覗いていた。

オスカル・・
何?

 

 

 

落ちてくる流れを挟んで、二人の口先が触れた。水の飛沫が額や鼻梁を通って、重なったふたつの唇と舌に落ち、喉へ流れて行く。水も、喉の渇きも尽きなかった。風の吹く木陰にいるのに、身体の熱は増していた。

この・・水
うん
とても、甘い
そうだね

彼らは待っていた馬に跨り森を離れた。濡れていた髪も次第に渇き、背後の森は遠ざかっていった。少年は前を駆けていく少女の髪が揺れるのを見ながら、初めてあの滝を見つけひとりで飲んだ時、水は甘くなかったこと。少女の舌先が野苺の色だったこと。触れた唇が溶けていくようだったことを、思い返していた。

 

喉の渇きがおさまっても、少年と少女の身のうちにある熱は、消えない。

 

END

 

イラストーj2さんより