彼女の髪を梳くのは必ず
乳母の母親の侍女の--女の手によった
女達は椿の櫛でとき獣毛のブラシで撫で
豊かに広がる糸の一筋でも漏らすまいと
光の束を手に受けながら
耳元から項へ肩にかけ下していく
結い上げればさぞや
軽やかに天に向かって舞い上がるのだろうにと
侍女は小さく溜め息をつくのだ
しかし結わない髪は午後の陽光を充分に反射し
神の子の恩寵の徴の如く光輪を放っている
乳母も母も侍女も満足と感歎の息をもらす

女の手が作る作品を彼が仕上げることはない
日に幾度も女達が恍惚の中で手に取る糸束
触れられるのは許された者のみの特権
女達はその権利を手放さない
美しいものを手にし愛で磨き上げる
それに勝る陶酔があるだろうか

彼は黙って完成された絹の一束に触れ
さらさらと零れ落ちる金糸を光にかざして遊ぶ
戯れに揺らされる髪は感覚を持たないだけに自在に動き
彩雲のように様々な色彩を秘めながら揺れる

熱をおびた指先で飽かず繰り返される遊戯
髪は彼の手で寝台の絹の上に広がる
震える彼女の目元を隠し
堪えきれなかった溜め息が漏れる唇を覆い
蝋燭の灯りの下で意志を持ったように蠢く
汗に濡れ額に張りつき乱れてもなお
光輪は彼女の頭上を覆っている
暗闇の中でさえ確かなそれは彼女自身から発せられている

月光でも陽光でもなく彼女から溢れ出す光
髪を梳く女達も彼も知っているからこそ
今日も明日も糸束を手に取ることを願うのだ
その光の目映さに眼が焼かれても
触れることをやめられない