卵の中

彼が倒れている。いつかの夜、左眼から血を流しながら、地面に倒れていたあの時も悲鳴はあげなかった。ただ苦痛に顔をゆがめ、涙をにじませていた。

――私のせいか?彼の左目が潰れたのも、これほどに傷ついているのも。

医務室の寝台に横たわる彼は、眠っているようだ。右手や頬の擦り傷を拭く、打撲の痕に薬をあてる、折れてはいない。血が滲んだ口元の血を拭ったとき、かすかにうめいた。口の中が切れているのだろう。せめて口元の切り傷だけでも、と唇に一瞬指が触れた。

少しだけ渇いて、柔らかい。あの日の、夜の、嵐のような口づけ・・。首を振って、頬の擦り傷についた砂を取ろうとした時、涙の跡を見つけた。触れてみる。その指先を口に含むと、血と涙の辛い味がした。

――誰もが、愛しているからこそ傷つく。愛さなければ、交わらなければ、苦しむことも無いのだろうか。生まれなければ傷付かない・・卵の中の雛のように。

彼が痛みにうめき、手が何かを探すように動いている。その手を取り、握りしめる。傷に触れないように、これ以上の痛みを与えないように。揺れていた彼の睫が動きが止まり、再び深い眠りに入っていく。

眠っていてくれ、今だけは。私の心が何処かに彷徨っている間は、ただ静かに――眠り続けてくれ。