嘘つき(鬼滅の刃)

「愈史郎・・・」
「嫌です」
「私の願いをきいてはくれないの?」
「嫌です、嫌だ」
「貴方がきいてくれなくても、行かなくては」
「どうしてですか?鬼狩に任せておけばいい。その為にあいつらはいるんでしょう」
「・・私が行きたいのよ」
「そうやって貴方はいつも、いつも・・俺の言うことなど聞かず、先に行くんだ」
「愈史郎、泣かないで」
「泣いてないです」
「お願い、貴方にしか頼めないの」
「絶対嫌です、どうして俺の気持ちは二の次なんですか。貴方は、夫と子どもが大事だったから、何より大切だったから。俺の言うことなんて、聞いてくれやしない。貴方は薄情だ、酷い」
「そうね、私は惨くて酷い女なの。でも・・愈史郎」
「・・・」
「貴方はそんな私をずっと愛してくれていた。私は怖かったの、あなたを鬼にして、そして人間であった時の記憶をなくし、人を喰う者にするのではないかと。でも貴方は違った、ずっと人間の心のままで」
「それは・・貴方に血を貰ったから」
「でも私の血もあの男が混じっている。どれだけ潰していったとしても決して消え去らなかった。貴方が長い年月、人の心のままでいてくれたことがどれほど・・私を勇気づけてくれたか。愈史郎」
「・・・はい」
「貴方は私の誇り、生きていく希望。だから頼みを聞いて、あの人達を助けて。これがあの男を滅する最後で最大の機会なのだから」
「・・ならば、俺からもひとつ、お願いがあります」
「いいわ」
「生きて帰ってきてください。これからもずっと、俺と一緒に生きると」
「・・・・」
「約束してくれたら、俺は行きます」
「・・ええ、愈史郎」
「貴方が夫と子供のことを忘れなくてもいい、どんな姿になってもいい。帰ってきてさえくれたら・・・それだけで」
「約束するわ。二人で生きましょう、これまでと同じように」
「・・・必ず」
「必ず」

 

そう、俺は忘れていましたよ。珠世さん、貴方は嘘つきだった、優しい嘘つきの鬼だった。でも俺も嘘つきだったのであいこですね、俺も鬼だったから。貴方を滅したものを全部焼き尽くしてやりたいと思った気持ち、これは鬼だった。あの時の俺は間違いなく鬼でした。もう、この世に残った、ただひとりの鬼だけれど。俺が生きていることが、貴方がいたことの証明になるならば、俺は生きます。誰かが俺を滅してくれる、その日まで―――。