夜の呟き 爪先

足は秘められている、爪先はさらに。蔓薔薇の堅い実のような小指の爪。夜の揺れる蝋燭の下では判然としない。見ることが叶わぬならせめて口に含みたい。

眠る彼女の左足を手に取る。微かに身じろぎしたが目覚めない。爪を、指先で触ってみる。皮膚より硬いそれは真珠ように僅か柔らかい。

爪の回りを撫でる。見えない形は花弁に似て、自然の歪んだ美しさがある。磨かれた表層を指で味わい、口を近づけた。

閉じた唇の中心に硬いものが触れた。口を開くと歯にそれが小さな音をたてる。彼女が目を覚ますのではないかと怖れる。

しかし彼女は未だ眠りの中だ。死のように深い安らぎ。彼は硬い実をかじった。微かに塩辛く苦い。舌の奥に感じるのは毒の味、含んだ時は既に遅い。

彼は飲み込んでしまった。喉の内に流れ落ちる黒い一滴。気管を胃の府を焼き、血の中に入り込み脳髄から足の指先まで瞬時に巡る。

毒は回り終えた。足先が手の指が火に炙られたように熱い、舌が痺れ喉が狭まり息が詰まる。しかしそれでも彼は蘇芳色の爪を唇から離そうとしなかった。

毒ならば出会った時にもう飲み干している。碧い眼の虹彩を見つめるたび、其処に自身が映っているのを喜びとするたび毒を呷る。

血の中に入り込んだ愛は凝縮され、爪を噛むその唇から零れ落ちて、彼女の踝に皮膚に彼女の中に還っていく。巡る毒に彼女が目覚める。

蝋燭の光の下、金糸の睫が揺れ柘榴の口元が開き白蝶貝の頬に赤みが差す。秘めた爪先はそのままに、彼らは互いの愛を、貪る。