カンテラ

同じ色の金髪でないなら、黒髪でいいと思った。あの金色はふたりといない。
「部屋が暗けりゃ、たいした違いはないさ」
そう言って誘ってきたのは、心持ち赤みを帯びた、どこか南国を思わせる金髪だった。パリの夜は暗いが、パレロワイヤルの大通りは夜なお明るい。その中でも金髪は少なく、内側から光るような髪は見つけることができない。

「どうするの、買うの」
「買おう」
女の後に続いて、狭い階段を上がっていく。女の持つカンテラの灯が揺れて、暗い足元が見えない。軋んだ扉を開けて部屋に入ると、女は寝台に座って服を脱ぎ始めた。
「待ってくれ」
女が咎めるように俺を見上げた。まさか、今からやめるつもりか?と目が問うている。
「違うんだ、その前に」
僅かに燃えていた蝋燭を、一本だけ残して吹き消した。これで今は女の肩口しか見えない。金髪は、ほとんど闇の中だ。
「そういうことね、いいけど」
上着をはだけさせた白い胸が、闇の中にぼんやりと浮かんでいる。頼りない蝋燭の光に揺れるそれに、そっと触れてみた。汗ばんでいて、しっとり濡れている。
「・・初めて?」
「そうだな」
女の右胸を掴むと、ふっと息が漏れた。太ももを持ち上げて、探した底は暗い。
「あんたが探すのは、ここ。触って・・もっと、奥まで」
胸は熱く濡れていても、そこは乾いているのが不思議だった。汗ばむほど暑い夜なのに。
「触って・・探って、もっと。女の身体はそこだけじゃない、必ず、どこかに」
それはどこだろう。ただ女の裂け目を埋めてしまえば終わりじゃないのか。言われるままに、乳房の下や脇腹。内腿まで指と舌を這わせてみる。ため息のようだった声が、次第に熱くなる。うつ伏せにさせて、背中から細い腰へと。探っていたある一点で、女の身体が跳ねた。
「・・あっ」
声が出た瞬間、裂け目に指を差し込んだ。熱く濡れて収縮している。見つけた。
その背中の一点を舌でやわやわと撫でながら、手を腰から足へ這わせる。肩は羽のように触り、乳房は力強く掴む、と女の息が上がる。小刻みに震える横顔が赤く染まってくる。絡ませている足が、ふいに力が抜けたかと思うと硬くこわばる。もうすぐだ、女の芯を探りあて指の腹で撫ぜる。身体が跳ねる。それを逃さなかった。

重ねたまま繋げていく。沼に沈んでいくと同時に昂るような感覚。身体の先が熱い、初めて感じる波打つ異物に、どろりとした痛みを感じた。
「はぁ・・くっ」
女の声が高くなり、滑らないようしがみついている女の背中が滑る。業をにやして腰を高く上げさせたのは殆ど無意識だった。締め付けられる感覚で、頭の中がぐらぐら煮えたつ。

蝋燭は消えていたのに、激しく揺れる金髪が何故かくっきりと目に入る。波打ち、足掻き、激しい動きに逃げるようにして、手を伸ばしている。
――――これはお前なのか?
その瞬間、ありえない想像をした。今この下で声を挙げているのは、何かを伝えるように苦しげに、歓喜に満ちて、振り返った横顔は、金髪の影から見上げている青い眼は、お前?
激しい動きが一瞬止まり、うっという言葉が漏れ、そこで果てた。だがまだ収縮は続き、身体を離すことができない。まだもう少し、この泥のような悪夢から目覚めたくない。お前と繋がっているという悪夢から。

 

「あんたは・・なんだか、怖いわ」
「俺が?」
「乱暴なわけじゃない、むしろ・・いえ、でも、もう来ないで」
そう言って、俯いたまま扉を閉める寸前。青い眼が、揺れて見上げていた。額に張りついた金髪から汗がひとすじ、頰を伝っていた。

外へ出ると風があった。さっきまでの汗が引き、肌寒さに心が冷える。しばらく部屋の窓を見上げて佇んでいたが、ゆっくり歩き出した。一時の逃避から帰らなければならない。他の男を愛し始めている、愛しい女のいるところへ。

 

END