青い光

どうして誰にも見えないんだろう あんなに光っているのに

 

「母上、あそこにいるんです」
「そうなのね・・」
私が薔薇の咲く庭先をさし示しても、母にも見えていなかった。母は少し悲しげな顔をして、私の頬にキスした。

ひとりで剣を振るっている時、その子は所在無げに東屋の硬い椅子に座って、どこかを見ていた。私によく似ていて、白いブラウスに肩までの金髪が揺れている。でも私が見ていても、その子が私を見ることはない。なぜだか目だけはこちらを向いていないのだ。どうしても金髪の子どもの目の色だけがわからない。

私が成長すると、その子どもも同じように大きくなる。近寄ってはこない、私の方も見ない。だけど、庭先や明け方の部屋の窓際に立っている。彼が来た時、聞いてみた。
「僕には見えないけど・・でも」
「でも?」
「そこだけ、少し光ってるよ」
私は振り向いたが、もうそこにはいなかった。

常にいるわけではない。何ヶ月も見かけないと思っていたら、突然バルコニーの手すりに座っていたりする。彼に教えると
「あの場所だけ風が強いな。落ち葉が舞ってる」
そんなことに気づくのは、彼だけだった。

誰かへの想いに煩悶して眠れない夜。足元に背中を向けて座っている。私と同じくらい長い髪。彼なのか彼女なのかわからない。私は苛立った。
「お前は誰だ!なにがしたい。何の意味があって」
その“影”はしばらく佇んでいた。そしてゆっくり、身体を動かす。顔が、こちらを向く。その眼が・・・・。

私は夜のバルコニーに立っている。そこに通じる扉のガラスは割れている。昼間、民衆の投石によって割られた。拾いきれなかったガラスの破片が、月光を反射していた。その横に影が俯いて立っていた。眼は、見えない。
「まだ、そこにいるのか」
彼が訊く。
「ああ。眼は見えないけど、悲しげな顔をしているように思える」
風が強く吹いて、私は身震いした。彼に身を寄せる。暖かな体温が伝わってくる。

月が雲に隠れた。私たちは触れるだけの微かなキスをした。その瞬間、胸に硬いものがせり上がってきて咳き込む。押さえた手のひらに濁った血がつく。影がすぐそばに立っている。

 

硝煙が空に昇っていく。彼の胸から鮮やかな血が流れている。口が動くが声にならないまま、私の名を呼んでいる。そのまま地面に崩れ落ちる。
「駄目だっ」
石畳が染まっていく。誰か、誰でもいい、この血を止めてほしい。彼の命を留めて。死神の影、お前は彼に近寄るな。そばに寄るな!駄目だ、いかないで。私をおいて逝っては、だめ。

風が吹く。強い風。空の彼方まで、彼の魂を舞い上げる。

 

その空は、青い。夏空はどこまでも遠く、青く、白い鳥が雲の代わりに空を横切っている。大砲の硝煙も、塔の壁が崩れる土煙も、空までは届かない。彼の魂が昇っていったあの空に。
いつかの月光を反射したガラスの破片のように、鳥の背中が光った。私は手を伸ばすが、鳥に届かない。もっと・・もっと、高くへ。私の魂を彼と同じところへ。鳥の羽が光っている。

光だ、まばゆい真っ白な。そうかこれは、幼い時彼が見た、私の先にいつもあった、あの。私は初めてその眼を見た。青い、瞳。夏空と同じ、どこまでも青く遠い色。

 

青い空に私は浮かぶ。吹きわたる風と、光とともに。