邂逅

貴方は奇妙な人ね

---そう言われた
「誰に?」
「・・・アントワネット様に」
答える彼女の表情こそ奇妙だった。困惑しているのだが、戸惑っているその原因が分からないという顔。今日、オスカルは宮殿に伺候していた。帰ってきてからは、いつもより言葉少なにしていると思い、ブランデーとともに水を向けると話し出した。
「私の何が・・奇妙だというのだろう」

「マリア・レフチェンスカを覚えていて?この宮廷で名前を聞くこともないけれど」
「忘れるなど」
「貴方はそうでしょうね。忠実なるオスカル。でも、華やかな愛妾の陰に隠れひっそりと死んだ王妃など、もう皆忘れているのよ」
「それは」
「私は・・彼女のようになりたくなかった」

「フランスとオーストリアの絆のための婚姻でも、宮廷で重きを置かれるためには足りない。王太子妃で、王妃であっても・・世継ぎを生まない妃は軽んじられ疎まれる」
「そのようなことが」
「ない、はずはないでしょう。フランスに来てまもなく私には分かったの。私が宮廷で君臨するには、王太子妃という与えられた器以上のものが必要だった。でも、シェーンブルンでただ踊っていたような私に、何が出来たでしょう。夫にすら軽んじられた私に」
「陛下は王妃様を軽んじてなどおられませんでした。いつも最大の敬愛を捧げておられました。わかって」
「分かっているわ、今でもそうよ。陛下は私のことを尊重してくださる。でも私には陛下の敬愛以上のものが必要なの、このフランスで生きていくために。だから私は自分の持つ力を使うことにした・・・美しさを」

「この宮廷で、美しさは大きな武器よ。美しければ今居る立場以上のものを望める。王太子妃という権力以上のものを。私は毎日ローブを誂え、宝石を選び、爪の先まで化粧をする。私が誰より注目され感嘆のため息をつかせるために」
「陛下は生まれながらに人をひきつける魅力をお持ちです。そこまでなさらなくとも」
「そんな私に眉をひそめる人がいるのも知っているわ。だから何だというの、私は・・宝石と香水と絹地に囲まれていなければ、息をすることも出来ない」
「・・・それほどまでに」
「貴方は、溺れている私を蔑んでいて?」
「決してその様なことは」
「蔑まれてもいいわ。傅く廷臣達がお辞儀の影で嘲笑していてもいいのよ。私は私自身を満たさなければ生きてはいけないの」
「・・・・」
「私の空虚が・・満たされる時はくるのかしら」

「答えに窮してしてしまった私を、まるで始めて会った者の様に見つめながら王妃様が呟かれたんだ。私はあの方の空虚はわからない。埋まるはずの無いもので埋めようとする虚しい努力も。私は無理なのだろうか、あの方に寄りそい、力になりたいと願っても」
オスカルは悄然として肩を落としていた。

「王妃様にとっては、美しさを武器にしないお前を奇妙に思われることもあるのだろう」
「武器か、そのように考えたことは無かった。むしろ邪魔に思うことすらある・・そうか」
美しさを自らを守る盾にする者、背後に押しやろうとする者。どちらがより奇妙ということも無い。ただ埋めがたい溝があるだけだ。超えられない壁があってもしかし其処に情愛は存在する。
「立場が違い考え方も異なる。全て理解することはできなくとも、お前の存在が力になることがある。いつか必ず」
「そうだな・・そうありたいと思う」

遠い国に生まれ、奇妙な運命によって邂逅した二人の女性。近づき寄りそったはずの二人はまた離れていく。それも運命によるものなのか知る者はいない。

 

END