「どうしてあの女に惚れたんだ」
「やぶからぼうに何だ」
「いやね、皆潰れちまったのに涼しい顔して飲んでる奴がいたら絡みたくなるだろ」
彼らふたりの後ろには、衛兵隊員が数人、ほとんど椅子から転げ落ちるような姿勢で寝込んでいる。
「かなり飲んだのに、顔色ひとつ変えないってのはどうなんだよ」
「酒が強い相手に長年付き合ってきたからな。自然にこうなった」
「長年・・ね」
「そうだな、何年になるか。数えようと思ったことはない」
「数えると苦しいからだろ」
「そのとおり」
「それだけひとりの女に入れ込んで、何か得られたか。俺なら逃げ出すね」
「多分、利口じゃなかったんだ」
「今からでも遅くないぜ」
「どうかな」
「なんなら・・後は俺が引き受けてやる」
「酔って本音が出たか」
「俺がこの程度で酔うかよ」
「酔えるなら酔った方がいい。頭の芯だけが冷たくなっていくような飲みかたよりずっといい」
「酒に対するこの上ない無礼だな。酒は酔うためにあるんだ、人間よりよほど役に立つ」
「では無礼で役に立たない男に、最後に注いでくれ」
「最後?」
「そう、この一杯で酔えない酒は終わりにする」
「ふ・・ん。まあいいぜ、最後の酒に」
「乾杯を」
グラスを軽く持ち上げ、琥珀の液体を飲み干したアンドレが立ち上がった。
「帰るのか」
「ああ」
「・・じゃあ、またな」
「良い夜を、アラン」
残されたアランは、グラスを口元に運ぼうとして、ふと手を止めた。
--酒に酔えない男。酔えないのは、酒よりも強いものがあるからだ。もしかしたら人生そのものより強いものが。
「最後の酒・・か」
胸の奥が何かの予感にざわついた。だがそのざわめきも、流し込んだ琥珀の液体とともに何処かへ消えていった。夜はまだ深い。
END