浴室

額から流れ落ちた汗が、顎の線を伝って水面に落ちた。

湯の表面に映る蝋燭の灯が、波紋にゆれている。汗がまた落ちた。
じっと息を潜め、動かないようにしても水の面は静まらない。
—–このまま眠ってしまいそうだ
オスカルは息をつき、濡れた手で顔を覆った。

腕を伸ばす。指を広げ、暗がりに浮かび上がる自分の手を見つめる。
水滴が手首からひじの内側へ。肩へ、胸へと流れ落ちていく。
手首をひねると、腕の筋肉が動き、皮膚の下の青い血管が浮き上がる。

背後で、扉が静かに開いた。誰かの足音が近づいてきた。
彼女は浴槽のふちに首を持たせかけ、目を閉じたまま人影を待った。足音が止まった。

大きな掌が、額に張り付いた髪をかき上げる。そのまま手は頬に下りていく。
指先が唇の線をなぞっていて、それから歯に爪のあたる感触があった。指が舌を押している。

「湯が・・冷めてる」
「お前を待っていたからだ」
「すまない、遅くなった」

暗がりの中、湯に沈んだ身体は蝋燭の明かりの下で歪んで見えた。
彼が手を差し入れて湯をすくい、オスカルの肩に流しかけた。
「袖が濡れるぞ」
「かまわない。それより本当に体が冷えてしまう。もうでたほうがいい」
「嫌だ」
彼女は困惑した彼に笑いかける。
「気持ち良いんだ・・ここで眠ってしまいたい。こんな風に」
手足の力を抜くと、体が浴槽の中に沈んでいく。息を止めて目を閉じやがて頭まで湯に入ってしまった。

水の下で目を開けると、揺れる水面の向こうに彼の顔が見えた。揺れて表情はわからない。
ほの暗い浴室の頼りない灯りでは、彼の姿は影になったまま。

ふと不安になって手を伸ばすと、腕をとられ水から引きずり出された。
「・・・眠りたかったのに」
濡れそぼった髪に顔を隠したまま、オスカルは俯いてつぶやく。

一瞬、彼が手を差し出さないのかと思った。水に深く沈んだまま、離れていくのかと思った・・・怖かった。

彼は指先で濡れた金髪を丁寧に肩へ流していった。目を閉じたままの彼女に唇が触れるだけのキスをする。
「冬の夜は長い。髪を乾かしてからでも、眠る時間はある。それに・・・・」
続きの言葉を、彼が耳元で囁く。オスカルは小さく笑って立ち上がった。

彼は蝋燭を全て消してしまうと---長い夜に向かって浴室の扉を閉めた。

END