渡り鳥

私の魂は海に沈んでいる

長い時間だった。海を渡るということは、日々をただ風に吹き付けられるままに過ごすことだと知った。風の無い凪の日も、船を翻弄する嵐の日も、ただ風と波と磁石によってどこかへ運ばれていく。

ある日、甲板に出ていた私は頭上を飛ぶ渡り鳥を見ていた。彼らは本能に従い、遠く危険な道を命を賭して渡っていく。その中の一羽が群れから離れた。仲間を追おうとしていたようだが、見ている間にも力尽き、落下していった。私が見たのはそこまでだ。海の上で一羽の鳥はあまりにも小さい。

私はフランスへ帰ってくる航海の間中、その鳥のことを考えていた。無限に続くかと思われる海に落ちていった鳥。彼は-彼と呼ぶのはおかしいかもしれないが-海に沈んだのだろうか。それとも波間に浮かんだまま、自分がいたはずの空を何も映さない目で見つめていたのだろうか。

港に着いたとき、自分の足元が水でないことに暫く慣れなかった。一歩一歩、揺れる甲板の上でなく、大地を踏みしめていることを感じながら歩いてきた。そしてようやく、此処まで辿りついたんだよ。七年だ。長い・・長い時間だった。ひとりの人間の中で、何かを変えてしまうのに充分な時間だ。

私は魂の一部をあの海のどこかへ沈めてきた。焦がれて苦しむ想いも、あの方を追い詰めてしまう情熱も。終わったんだ・・・私の中にはもう無いんだ。だから、このまま故国へ帰る。

君には会って、ひとこと伝えておきたかったんだ。ありがとう。君がいてくれたから、私はかつての辛い日々を耐えられた。故国でも、何処にいても、君のことは忘れない。感謝している。

いや・・・本当に無いんだよ。私の魂はあの鳥と一緒に海の中へ葬った。もう終わった。このまま年月を重ねていけば、あの日々も記憶の底に沈んで・・・無かったことになる。そうじゃないのか。

END