春に呼ぶ

私は待っている。冬の底でまどろみながら、雪が融け、それが清流となって滝に流れ落ち、根が地中から水を吸い上げ、空が明るくなり、鳥が歌いながら枝から枝へと渡るとき。私の最初の花がかすかな音を立てて花弁を開く。そして次々に花は零れ、やがて重みで枝がたわむ。陽の光は穏やかで、柔らかな風に花が揺れる。

そして私は待っている・・あの恋人達を。花が作る木陰で寄り添い口づけを交わす恋人達。私は香りを彼女の髪へ降り注ぎ、花を揺らして音楽を奏でた。鳥は啄ばんだ花弁を彼らの足元へと零し、私が祝福していることを知らせた。花が彼らを呼び、彼らの幸福が春を呼んだ。空は青く、大気は暖かく、小川で跳ねる魚の鱗に陽が輝いた。恋人達の春。

やがて彼らは去ってゆき、花が地を薄紅に染め、青緑の葉が茂った。葉の色が深く濃くなるころは夏だった。刺すような日光に幹が乾き、葉がうなだれ、風に土埃が舞い上がった。鳥は木陰で羽を広げたままじっとしていた。ひときわ暑い夏の日、夕方に雨が降り、何もかもを押し流した。小川はにごり、濁流となって地面をえぐり、飲み込んでいく。うなる風に枝がきしんだ。空が吼え、地が悲鳴を上げてのたうつ夏。荒れ狂う夏。

そうしていつの間にか、静かに秋がやってくる。紅く色づき、地に落ちた葉の上を、白い兎が走っていった。もう花も葉もない私の枝先に、冷たい一片が鈍色の空から落ちてくる。後から後から降り落ちる雪は、大地を染め、川を凍らせ、音を吸い込んで積もっていく。その冷たさに身を任せたまま、私はまどろみ、次の春を熟成する。雪に覆われた樹皮の下で、花の薄紅を一滴づつ溜めていく。茶色く固い蕾の中で、小さな花びらを一枚づつ作っていく。もうじき雪は解けるだろう。鳥が囀るだろう。陽光は暖かく川は歌い、そしてきっと、彼らが戻ってくる。あの恋人達が。

私は待っている・・風に花の香りを遠くまで運ばせて彼らを呼ぶ。戻っておいで、待っているから。花は咲き、風に散り、青葉が茂り、それも散り、また雪に埋もれ。そして春が・・何度でも、幾たびも私は待つ。彼らが帰ってくるのを、再び花の下で寄り添うことを、待ち続ける。帰っておいで、還っておいで---ここに花がある、私がいる。貴方達を覚えているから。

待っている・・ただ待ち続ける。