真昼の夢

--触れたいといつも思っていた。その髪に指を絡めて・・手を伸ばせば。

「どうした?」
髪に触れる気配を感じて、彼女が怪訝そうに振り返る。
「いや、お前の髪にこれが」
彼が手を開くと、掌の中に白い花弁。
「ああ、今日は風が強い」
七月の庭先に一重の蔓薔薇が揺れている。花のアーチを彼女が見上げる。仄かに儚い香りが漂う。

「この下で見上げると花が青空に散る星のように見える」
「ああ」
「だからこの薔薇が一番好きで・・アンドレ?」
「・・うん」
「上の空だな、私ばかり話してる」
「ちゃんと聞いてるよ」
「そうかな、あ・・」
「何?」
「じっとして」
彼女がつと黒髪に指を絡ませた。親指が頬に触れて、癖のある黒髪を探っている。お互いの息がかかるほど、瞳が近い。
「お前にも」
彼女の掌にも白い花。
「昼の星だ」
彼女は緑の天井に手を伸ばす。見上げれば萌葱の葉の間に象牙色の薔薇が揺れている。

--触れたくて、触れられない。でも今だけは、蔓の木洩れ日が髪に揺らぎ、花弁が珊瑚の指先を染めるこの時だけは。心だけで触れることを、許してほしい。