言わない嘘

「で、だ」
「なんだ?」
「お前はこの状況がおかしいとかまずいとか思わないのか?」
「そうかな」
「さっきから俺がべらべら喋ってるのも、あの妙な果物食べてからで・・て、おい」
「私だってさっきから言ってるだろう、もう疲れて眠いんだ。慣れた森の中のはずなのに、道には迷うし雨は降るし腹は減るし」
「あれは普通の林檎に見えたんだが」
「味も林檎だった」
「食べた後から妙だったぞ。雨に濡れてるのに体が熱くなって」
「私も熱いな」
「いや、待て。ちょっと待て、本気でやめろ」
「こんな小さな猟師小屋に誰も来ないだろ。雨に濡れた上着が鬱陶しいんだ」
「俺が困るんだよ」
「どして」
「さっきから何故か思ってることが全部口から出るから、この際言うけど」
「ほう、何だ?」
「いや、その・・だからな」
「だから何だって言うんだ」
「そこで怒るなよ、ホントに頼む。俺を助けると思って」
「私が上着を脱がないまま風邪をひくことがお前を助けるってことか」
「・・ぐ・・」
「じゃあこうしよう、お互い上着は脱ごう」
「どうしてそうなる」
「脱いで絞って乾かしておく。その間はくっついてれば暖かいし、私も眠れる」
「俺は眠れん」
「だってお前もさっきから熱いと言いながら震えてるし、風邪ひきそうなんじゃないのか」
「俺の心配は良いよ、それに震えてるのは寒いからじゃない」
「なんで」
「だからそれはその・・」
「はっきり言え」
「はっきり言うとまずい」
「お前もしかして・・普段から私に嘘をついてるのか」
「そんなこと」
「さっきから何か言いたそうにしてる。私も普段より饒舌だ」
「酔っぱらったときと変わらないよ」
「うるさい。あの変な木の実のせいだとしても、私達の間に嘘や隠し事など無いなら全てはっきり言え」
「・・はっきり言っていいのか」
「もちろん」
「ああっ、もう。俺は今お前のこと抱きたいと思ってるんだよ!これが本心!」
「だからさっきからそう言ってるだろう」
「・・・は?」
「歩き回って疲れたし、暖炉もない。暖かくて柔らかいのはお前だけだ」
「俺は枕か」
「枕兼、ベッドだな」
「随分危険な枕もあったもんだ」
「なんだか知らんが、お互いが枕ってことで良いだろう」
「わかった、わかりましたよ」
「はー、これでやっと眠れる」
「お前本気で言ってる?」
「私はお前に嘘を言ったことは無いぞ。お前はどうなんだ」
「・・・」
「嘘はないのか」
「嘘は・・・無いよ」
「そうだと思った。おやすみ」
「・・言わないことはあるけどね」
「それ・・は、嘘・・・かな」
「.・・・どうだろ・・う」

あれは多分、人が最初に食べた林檎だったんだ。そのころは嘘なんてなかった。だから口から出る言葉は全て本当だった。でもその時にもきっと・・言わない嘘はあったんだと思うよ。

 

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