やがてくる明日

確かに何処かにあるはずだった 私の半身 生まれる前から知っているはずの どうして思い出せないのだろう

 

「バスティーユを攻撃する?」
「砲門が市内に向けられていると」
「今日以上の戦闘になるという訳だ」
旧いものを倒す、その象徴としての監獄。民衆の手にする武器で倒せるものではない、だからこそ軍人の能力がいる。いやもう私は軍人ではない、反逆者だ。その道を私は選んだ。選ばざるを得なかった。
明日のために少しでも眠ってください、そう言ってアランは離れる。彼だとて明日の命は判らない。
「・・もう明日は眠っていないかもしれない」
私は独り言ちた。宙に向けた問に答える者はいない。確かに誰かがいたはずだった、どうして誰もいないのだろう・・。立ち上がって空を見上げる。明日、いや今日は雨は降らないだろう。数週間前のあの日と違って。

 

第三身分の議員が国民議会を名乗り立てこもっている、排除するように。その命は軍人であるからには絶対だった。だが私は背いた。衛兵隊の代わりに向かった近衛隊を身一つで阻んだ時、雨の中で向かい合わせたのは、かつての部下で求婚者だった。彼を追い詰めたくはなかったが。
私を女性として愛するといった、ただ一人の男。彼が引いたのは、私を慮ってのことではなく、誰の目にも明らかな断絶を悟ったから。もう、彼に会うこともあるまい。ただ無事でいてくれるように願うだけ。

 

私はさらに遠い日を思い出す。空がどこまでも高く、民衆は期待に熱狂したあの遠い日。私は軍人となり、敵国から来た王太子妃を迎えたあの日からは、あまりに遠ざかってしまった。異国から嫁いできた王妃に、心から忠誠を尽くしたことは、誇りではあっても傷ではない。長年の敬愛と友情から決別したとしても、あの方に仕えたことに後悔はない。
ただ私は立ち止まっていられなかっただけだ。荒れ狂う濁流の音、宮廷という繭の中では聞こえなかった音を聴いて。父の望む道から逸れ、荒々しい奔流に身を投じたことに迷いはなかった。ただ、ひとりでその道に進むのは、少しだけ寂しかった。私の手を取る者は、いないのだ。

 

初めて剣を持ってから、父と剣術の教師以外打ちあう相手はいなかった。私は一人で剣を振るっていた。夕方、西の空に帰っていく鳥たちを朱の空に見送りながら、私は忘れてはならない何かを捜していた。陽の落ちるあの空の向こうに、確かに誰かがいる。いつかきっと会える、出会うはずだ、この空の下のどこかで――デモ ナゼ イマ イナインダロウ。

 

士官学校から特別入隊で軍人になると決めた時、想うだけだった恋を諦めた時、父の決めた道から外れた時、忠誠をつくした王家と決別した時、ずっとひとりだった。空が青から金色に変わり、朱へと沈んでいく時間。私はいつも沈む太陽の向こうに、何かを思い出そうとしていた。私の決断に答える者のいない寂しさ、哀しみ。今日まで癒えることはなかった、人生が終わろうとする夜・・その夜が明ける。戦場の片隅で朝を迎えようとするこの時、また空の彼方へ問いかける。
「私が忘れているものは・・何だ?」
これまでの人生に後悔も迷いもなくとも、ただこの喪失だけが私を苛む。誰か、誰か答えてほしい。誰か・・私の名を呼んで、懐かしい声で。それは多分・・。

 

「隊長!バスティーユが、おちます」
大砲の轟音が遠ざかっていく。血で濡れた眼を、細く開ける。眩しい、空が青い・・白い鳥が、片隅に。
「白旗だ!革命の勝利が・・見えますか。隊長」
遠い・・とても、遠い。もうすぐ、還るんだ。彼の元へ・・彼の。思い出した、彼は。

―――オスカル

懐かしく暖かく優しい、それは、未来で愛する者。彼の名前は・・・待って、今行く。すぐに行く。

未来で、待っていて

きっともうすぐ、追いつくから

・・アンドレ

 

―――待っているよ。

ずっと

待っている

 

END