Forever

永遠に生きる人間などいない 永遠に生きたい人間もいない だとしても だからこそ――

 

「雪だ・・」
窓の外の暗がりに、小さな白い影が揺らいでいる。重く曇っていた空から、絶え間なく降り続ける結晶は大地を白く染めていく。
「降りだしたか」
「今年はもう、白いクリスマスにならないと思っていた。良かった、これで」
「これで?」
「・・いや、これまで何度、雪のクリスマスがあったか思い出していた。お前がここに来た次の年は、一晩中降っていた。11歳のときは夜になってようやく降りだした、その後は」
「よく覚えているな」
「でもお前が来る前のクリスマスは、覚えていない」
「奥様やお嬢様方もおられた。同じように祝っていただろう」
「お前はどうだった。まだ故郷にいた頃は」
「そうだな。暖炉は小さくても暖かかった。薪をくべている父は背が高くて・・あまり思い出せない」
「その頃のお前に会いたかった」
「覚えているのは、この屋敷に来てからだ。樅木が見上げるほど大きいのも、クレッシュの飾りが見事なのも初めてだった」
「そう、あの樅木は・・」
二人で探しに行った。12歳の時は、冬枯れの森に一輪だけ一重の薔薇が咲いていた。見つけたのはお前で、何でも私より先に見つけるから少し悔しかった。樹氷の枝を折って、陽に透かしてみた。凍った小川の岩の下で魚が眠っていた。新しいヴァイオリンが嬉しくて、お前に聴かせたあれは15歳。それから・・。
「お前と過ごしたクリスマスなら、いくらで思い出せる。どこからか猫が入り込んでいた時も」
「オスカル・・」
「何?」
「どうして今日は、過去ばかり見る?」

―――雪のせいだ。
押し黙ったあと呟くようにそれきり言うと、オスカルは窓枠に積もっていく雪を見つめた。
「手が、冷えきっている」
窓に置いた彼女の細い手に彼の手が重ねられ、その手がゆっくり上がって細い顎を捕らえる。身体と手と唇の熱が伝わる。
「お前は・・暖かいな」
倒れ込んだ寝台の、一瞬の冷たさは互いの熱ですぐに消えてしまった。風が出てきたのか、微かに窓枠が鳴っていたが、それもやがて止んで静けさに包まれた。あとはお互いの息遣い、胸に顔を埋めた時の鼓動、寝台の絹がすれる音。

――今、生きて動いているこの音が無ければ、ここは死の静寂。雪が全て包みこみ凍らせてしまうこの世界で、生きているのは私達だけ。

 

「オスカル?」
眠っていたはずの彼女は冷気に膚をさらしたまま、上半身を起こして窓の外を見ていた。
「どうした」
「雪で・・外が何も見えない」
風は止んでいたが重い雪は降り続き、掃き出し窓は半ば埋もれていた。ガラスは見る間に音もなく塗りつぶされ、枕元の蝋燭の光以外白い闇だった。
「朝までに館も部屋も埋もれてしまうかもしれない・・そうなれば」
今この時を雪の下、氷の中で留めておける。
「お前と私だけだ。こうやって抱き合ったまま氷の像になって、永遠に残る」
「永遠なんて・・いるのか」
彼女は恋人の黒い瞳を見下ろした。彼も判っている、知っている。
「そうだ、お前といれば永遠なんていらない」
彼は冷たくなった肩に手を添えて抱き寄せた。彼の胸に顔を埋めると、心臓の打つ音が耳に伝わった。鼓動だけ響く部屋で歯車が小さく軋み、からくりの中の小さな鐘が12回、鳴った。

「誕生日、おめでとう――」

 

雪は降り続いている。彼の潰れた眼の上に、彼女の蝕まれた肺の上に、明日を知らぬ全ての人の上にも。

 

END