紋様


絹の靴下の表面には精緻な更紗刺繍が施されている。八重のダリアを模したのか、蕊の金を囲むように尖った花弁は紫と赤。同じ枝の先からは重みのある丸い花が描かれている。葉の形は芍薬のようで、葉脈の濃い緑の上に小さく銀が刺してあるのは露だろうか。

細い縫い目は、膝裏から脹脛へ、踝の間へと真っ直ぐに降りなければいけない。そうでなければ更紗の柄が歪み、完璧な調和を乱すからだ。畳んだ絹靴下を最初に親指の爪へかける。少しづつ小指に向かって広げていく。指先を完全に覆ってから、形の良い高い甲を包む。踵を滑らせ、踝の骨に掛けるようにすると、そこで一度軽く攣らせる。踵の中央に境界線がくるようになぞる。お針子が目を凝らして縫った針目は髪の毛ひとすじほどに細い。しかし激しい動きにも耐えるよう、か細くも強く縫い合わせてあるのだ。

紅い天鵞絨の椅子にもたれ、右足を預けている彼女は微動だにしない。跪いた彼が、手練れの侍女のように靴下を扱うさまを見下ろしている。彼の手が脹脛へと上がっていく。無駄な皺の無いよう、側面にある紋様をずらさないよう、指の腹で絹を足に馴染ませながらもう膝頭まできた。
ふいに彼が膝の後ろを爪先ですっと撫でた。ほんの一瞬、縫い目をなぞっただけの動作に思わず力が入る。息をのんだ動揺が伝わったはずなのに、彼は顔も上げない。彼女は肘掛けを掴んだ手に力を込め、右足のざわりとした感覚を押し戻そうとした。小さく息を止めているとようやく、靴下は張りのある太腿に達した。衣擦れの音をたて繻子のリボンで留める。強すぎず弱くも無い結び目。彼は何故このような力加減を知っているのだろう。

「--立って、後ろを向いて」
頭に霞がかかったまま、請われて立ち上がる。彼の指が更紗刺繍の僅かな歪みを直し、白く血管の蒼さを際立たせている腿から足首まで、曲線を描きながらも真っ直ぐに、細い線が走っていることを確認する。

「線が・・捩れていないか?」
「大丈夫だ、完璧だよ」
白い蚕から吐き出され、紡がれ織られ、染めて断たれ、縫って形作られる。異国的な紋様はいつか身に着けたローブに似てはいたが、彼がそれを選んだ意図を彼女は知らない。しかし--

自身では決して見ることの出来ない後姿を、彼に見つめられていることの愉楽。絹を留めた繻子のリボンは、彼の黒髪をいつも纏めていたものだった。その結び目の小さな圧迫感が、足の爪先から唇まで血を巡らせる。触れられなくとも彼が触れて作った線が新しい血脈となって、心臓から胸や指先、頬から瞼へも熱を運ぶ。

ただの一対の、細くしなやかな絹の靴下。染められた布が膚の一部となって、恋する者を燃え立たせる。吐息に熱がこもり、応えるように背中から抱きすくめられ、夜が更ける。繻子の結び目のように、かたく抱き合ったまま---。

 

 

end