美しい子ども-あれから

その手紙は、五月の末に届いた。

 

遠い国からの手紙は、私の手元に届くまでどれほど日数がかかったのか。開いた時には何もかも終わっていた。私は手紙をテーブルに置き、小さな庭に出た。薔薇は咲き始めたばかりだ。かすかな薔薇の香りを吸い込んで、眼を閉じる。そして瞼の暗闇の中に描こうとした――あの日々を。

最期の言葉、あの子の名を呼んだと。風が花の香りを運んで一瞬、母の意識が明晰になり、その一言を残して。

私は目を開けた。風に夏が近づいている気配がした。この風が母を連れて行ってくれたのだろう、もう後悔も苦しみも無いところへ。私はまだ生きていて、あの日々の苦しみを、喜びと愛を胸に抱いている。母の苦悩も私の愛も、あの子の生きた軌跡も、全て刻んだまま、私は歩む。故国を離れ帰れず、生涯異国の地にいようとも。

部屋に戻ると、私もペンをとった。手紙に庭の薔薇の花弁を一枚、挟み込んだ。どうか遠い国へ、空の向こうへ、花の香りが届きますように。

 

 

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