白絹

上質の絹は女の膚に似ていて
微かに光を含みしっとり濡れたよう
しかし触れるとひんやり冷たい

袖から覗く手の白さを生地が一段と引き立て
その手首の先へ触れたいと男なら誰でも思うだろう

白絹地は小さな薔薇と更紗を織り込んであり
動くたびに織りの陰影が瞬いた

軽く結い上げられた金糸からろうたけた項が続く
襟を縁取る青のレースは間近で見ると
細かく金茶や深緑の糸が混じっており
水を湛えた深い森のよう

金と白と青の基調の中に紅の色を垂らすのは唇と胸の紅い石
伏し目がちの睫の下には紅玉と性質を同じくする蒼玉
それは俯いていても輝きを放ち物言わぬ女性の心を語っている

生きて動く彫刻でありながらしなやかに踊る
男の手に抱かれて回転するとき
薔薇と蔓草が大理石の床に降り落ちる
襟と瞳の青がそこへ雫をたらした

男の掌は熱いが触れている絹地は冷たい
手を取り抱き寄せると確かに女の身体はあるのに
絹と瞳がそれ以上近寄ることを拒んでいる

絹の靴音だけを床に残し女は去った
大理石の上の花は消えていた
耳に残るは女の吐息
掌には熱

男は茫然と己の手を見つめ
全てが消え去っていくのを感じていた
もう二度と手の中に戻りはしないと
それだけが判っていた