過ぎ去る花

 

夏を告げる花が咲く時、思い出す。私の末の娘のことを。

 

もう何年経つだろう。五年?十年?故国から離れて生きたこの年月はあまりに早かった。その中でも必ず夏は来る。あの暑い夏。

あの時も花が咲いていた。私は庭にいて、白い花を一輪摘んでいた。夫が館から出てきて私の傍に立った、泣いてはいなかった。私が取り落とした花を拾い、ずっと手に持っていた。
私は夫を見上げた。背の高い、俯いた男。この人はこんな顔をしていただろうか。鬘を被らない髪は白い、頬の皺は深い、肩も細くなっていた。この人を愛してこの人の為に。私は息子を生みたかった。この人の喜ぶ顔を安堵する表情を見たかった、この人に心から愛され必要とされたかった、息子さえ生まれれば。そのはずだったのに。
冬の日、嵐が吹き荒れたあの夜。この人が掲げ持った赤子を、これは息子だこれは息子のはずなのだ、私の願いが叶えられないはずなどないのに、そう信じて見ていた。高らかに生の泣き声をあげている子どもを。この眼前の老いた人の為に、それだけを願った冬の日。私達は夏の庭で向きあっていたけれど、あの子どもはいない。もう逝ってしまった、二度と戻らない。
あの冬の日からずっと、過ちを重ねるだけの愚かな父と母を置いて、あの子どもは何処へ行ってしまったのだろう。花は咲いている、香りもあるのに。あれから何年も、花と香りだけは変わらないのに。あの子は戻らない。私は夏の庭先で花を摘む。息子を望んだ夫も他の娘達も今私のそばにはいないけれど、花はある。

香り高く誇り高く孤高に咲く花、何者にも侵されない白い花。その花の咲く限り、私はあの子を悼み、己の愚かさを詫び、先に逝った者後に遺る人々全てに

 

白い薔薇を捧げる

 

END