造形

夜半、目覚めた。まだ周囲は深い暗がりで夜明けは遠いようだ。もう一度目を閉じても眠りは訪れない。起き上がってみる。肩と背中から熱が逃げていくのがわかる。顔にかかる髪をかきあげ、ふと自分の右肘が目に入った。尖って白いその骨の形。視線を巡らせてみる。肩、二の腕、指先。上掛けをめくると、夜着の裾からのぞく膝と向こう脛。

ーー不思議だ

私は寝台から降りる。全身から熱が逃げていく。まだ春に遠いこの時期。夜明け前の大気は冷たい。絨毯の感触をはだしの足に感じながら、私は歩く。立ち止まったのは大きな姿見の前。月も蝋燭の灯りも無いのに、ぼんやりと白く女の身体が浮かび上がっている。自分の目で直接見ることのできない、顔、頭、耳。でも鏡の中はこちらの私とは逆だ。

ではこれは私ではない?身体を捻ってみる。脇から背中の右側が鏡で見える。背中を向け振り返っても、どこまでもそれは逆の像。私は私を見ることができない。
一歩後ろへ下がり、するりと夜着を肩から落とす。白い絹が足元で丸くなる。裸の身体。腕を上げ、脇から腰へ筋肉が伸びるのはわかる。背中に手を回し、その泡立った肌には触れられる。でも指があたるそこは見えず、背中全体を触れはしない。この夜の底で、薄ぼんやりとした像でしかない身体。

―――彼はいつもこの身体を見つめ触れているのに。どうして自分では見ることも、満足に触れることもできないのだろう。

いつも背中の、ちょうど翼のような骨のあるあたり。心臓の裏側に彼は痕をつける。私は見ることのできない場所。確かに私の身体で、彼の唇と舌と歯は感じているのに、見ることができない。何故。
所有していても見ることができなければ、それは不完全ではないだろうか。誰かの手が背中に胸に足に触れ、目を閉じていてもその形がわかる時、その時だけ身体は完全になるのだろうか。では私は彼が触れなければ完成されないと?

私は背後の空しい寝台を振り返った。今ここに彼はいない。遠い部屋で眠っている。彼がいなければ不完全な私は隔てられている。何故、どうして。今、ここに来て。目を閉じ横たわる私に触れて。お前の長い指、しっとりとした掌が触れている間だけ、私は私として存在する。お前がなぞるその形こそが、私。

お前なしで、生きられないのではなかった、お前がいるから私が在るんだ。お前が今ここにいないのなら、私が行こう。冷たい夜の私を、お前の夢に送ろう。夢で抱きあった私が、お前が作った私が、陽が昇れば戻ってくる。幻の私は現の私になって、お前にくちづけするよ。

どうか現の私も夢の私も作っておくれ。お前が創造した女の身体で私は立つ、私は戦う、私はーーー生きる。

 

 

END