雨の予感

窓に当たる雨が冷たい。

 

「・・鐘の音だ」
まだ幼い、幼すぎる王子に届いているだろうか。王家が忌避されているこの時に、次の王権を担う幼子が死に瀕している。荒れた三部会の噂を耳にして嘆いたという七歳の子ども。
「私たちは、殿下の高潔さに見合うだけの国を作っているのか」
「少なくともお前はそう願っているだろう」
「願うだけでは・・」
言葉を続けようとした私の口元に、彼の指があてられる。
「しぃっ・・黙って聴いてごらん」
「何を」
「目を閉じて」
私は言われたとおり、目を閉じた。彼の指はまだ唇の上だ。
「聴いて・・雨の音を」
囁くように低い彼の声。私たちは窓際に立っている。風が出てきたのか、雨がガラスを叩く音がする。ざぁ、と木々が揺れる音も。耳を澄ますと、ぱらぱらと雨樋から落ちる水音。外廊に水が跳ねる音、風が強くなり弱まるたびに、窓を叩く音が揺れる。一瞬とて同じ音はない。その合間をぬって、響く鐘の音。遠くから細く、長く。
「・・音楽のようだ」
彼の指はいつの間にか、私の頬にあった。掌が触れている右頬だけが暖かい。私は目を閉じたまま、手を重ねてぬくもりに浸っていた。
「オスカル・・」
言葉と同時に彼の唇が私のそれを塞ぐ。暖かさが唇に肩に腕に胸に広がる。冷たい雨の夜に窓際で抱きあいながら、私はまだ雨の音楽を聴いていた。

___俺といる時、俺の腕の中にいるときは、思い煩わなくていい。嘆かないで、微笑んで安らいでいてほしい。せめて、今だけは。
彼の囁きは雨の音に溶けていった。ひとりで嘆く、雨の夜など知るはずもない。

冷たく暗く予感めいて、幸福な、雨の夜。

 

雨キス1

イラスト;rds