七月の手紙

 

手紙を書く。おかしなものだ、毎日朝夕顔を合わせるというのに。今、月光さえ無い夜にお前に手紙を書く。

幼い頃、月のない夜が恐ろしかった。梟さえ新月の夜は鳴かないように思えた。お前と会ってからは、月のない夜はお前といた。
大丈夫、怖くない。そう言ってくれた。時にはふざけて、荒城に夜歩く鎧武者の話をした。震えて眠れなくなっても、手を繋いでいたらいつの間にか朝になっていた。今なら判る。お前と心から語り合える時間が惜しくて、もっと話していたくて、お互いにわざと、深海の怪物や底なし沼の幽霊の話をした。昼の間は互いの義務があったから、夜は貴重だった。
長い子どもの時間でさえ二人で話しているとすぐに尽きる。朝が来るのも、陽が沈むのもかまわずに、ずっと遊んでいられたら、何処までも遠乗りに行けたら、何時までも河で泳いでいられたら、どんなに素晴らしいだろうかと。子どもの時は判らない。子どもの時間を無くしてからずっと後に気付く。

あれはどれほど素晴らしい時間だったのか、二度と戻らない取り戻せない年月だったのかを。

手紙を書く。あの頃語り尽くせなかったことを伝えよう。お前との時間、競うように怖い話を続けた、どちらが降参して上掛けの中に潜るのか試したこと。あの頃本当に言いたかったこと、伝えたかったこと、今手紙でしか言えないこと。

お前に書くよ。扉の下に入れておく。朝になって、お前が拾い上げ、いぶかしみながら広げる姿を。読み終えたお前はきっと・・・その表情を想いながら。新月の夜にお前の指先を思いながら書くのは---恋文。