盲た人

 

彼が歌っていたあの歌を、私が知ることはない。私は彼の声を知らなかった。彼の心臓の色を知らなかった。彼の薬指の関節についた古い傷痕を知らなかった。項の髪がひとすじ、灰色がかっているのも。

彼が私を愛していることを知らなかった。どれだけ深く愛しているのか気づかなかった。彼の足音を知らなかった。私が彼を愛していることも知らなかった。私は彼より盲ていた。

見えていたのに、知っていたのに、気づいていたのに、彼が傍にいたのに、かけがえが無かったのに。私は知らない知らないあの歌を。

歌う。青空の彼方硝煙の向こう、空を横切る白い鳥に向かって。私は歌い、鼓動が止まり、息が静まり、さよならを。誰かがまた。

私の知らない歌を歌う。何処かで生まれてくる命が、謳い続ける。