美しい国

 

私の命も残り少ないのでしょう。ですから、どうしても言い残しておかなくてはいけません。この絵をどうか、アラスの教会へ送ってください。神父様にはお伝えしてあります。

絵を描いたのは、あの年。そう今ではフランス大革命と呼ばれる1789年。あの夏に私は対になるもう一つの絵を描きました。私の生涯の作、私の宝と言うべき作品でした。それを納めた数日後のこと、悲しい・・苦しい知らせを受けました。その知らせを受け私はそのままアトリエに入り、数昼夜殆ど眠ることも無く描きあげた。それがこの絵です。

軍神?ええそうです、そう見えます。でもこの戦の神は、薔薇の草原に立ち、月桂樹の冠の香りも高く、風に髪をなびかせている。猛々しい戦の出で立ちでありながら、美しく優しい。私は自分でも、なぜこのように描いたのか判らないのです。対になる絵を完成させたとき、一人の男性がその絵を見ていました。絵と、そのモデルになった女性を。そう、女性だったのです。女性でありながら・・・。

彼はその女性を愛していたのでしょう。私は画家です、言葉にできない真実を画布に写す。最初の絵はモデル自身の絵、この絵はその人を愛した者の絵。本来なら対にして依頼主に渡すべきでしたが、ご存知ですね。その後のフランスは、私の母国は血の嵐の只中にありました。貴族の肖像を描いていた私も、故国を後にしなければならなかった。そして一枚だけ、この絵だけを持ち出したのです。

私はその後も絵を生業としてきましたが、このモデルのような女性に出会うことはありませんでした。私は何度も、絵の前に立ち想いを馳せました。炎のような熱さ、気高さ、美しさ。画布に映すことが苦しくまた心躍ったことを。そしてあの男性と共に命を落としたと聞いた時の嘆きを。私は描かずにいられなかった、彼らが生きた証を残さずにいられなかった。そのような情熱は、もう二度と・・出会えないことも判っていました。

人生の中で唯一度、燃えて画布に向かったことがあるだけで、私は幸福だったのかもしれません。妻も子も失いましたが、この絵を残せたことは・・・だから、頼みます。彼らの思い出だった地に、帰してやりたいのです。いつか絵が消えてなくなっても、あの地には薔薇が咲くでしょう。その薔薇の香るとき、私の魂も風にのり故国に戻るでしょう。あの美しい国・・美しい人・・・もう一度・・・・・・・・・・・。