描きたい気持ち(ブルーピリオド 二次創作)

 

「八虎ってさ、・・・やん?」
長身おさげが振り返ると、夕日を背にしている所為だろうか?何故か妙な威圧感がある。
「え?俺ってそんなの?ひど」
笑って答えたけど引き攣ったかもしれない。入学してから暫く会わなかった間に、以前とは微妙に違う距離感ができていた。

同い年でもどっか見透かされている感じがする。人当たりは良いし、知識も豊富で(だから頼った)親切だけど、何だろう。時々、荒れたコンクリートに触るような気分だ。
美術のこと、絵の歴史のこと。問えばすぐ、すらすら答えてくれる。おさげのAi?どうやったらそれだけの知識が、頭の中の抽斗に入るんだろう。俺も勉強の方法は分かってるけど、こいつのはそういう物じゃない。固いキャビネットの中に、知ったことを全部詰め込んでる。
「僕、強い人にあてられるねん」っていうけど。こいつも結構、強い。いや強いというか、硬質?一見、ふわふわやわやわしてるのに、子ども受けもいいのに。うっかり近づきすぎたら、ぶつかって擦りむくんじゃないかな。

「えー?八虎、怒らんといてぇや。ただの本気やから、本気」
「冗談じゃないのかよ」
「本気が冗談や」
「なんやそら」
「八虎、関西弁下手やな」
いや、お前の関西弁も本場もんかどうか判らんよ?つか、こいつ出身何処だっけ?意外と知らないな。予備校で一緒だっただけだ。
そういえば、橋田は最初から藝大志望じゃなかったよな。どうしてだろ、実力も基礎も知識もあるのに。俺なんかは経済的に藝大以外選択肢が無かったけど。そりゃ学校によって学べることは違うし、偶々橋田のやりたいことが別だったのかもしれない。でも・・いや、多分きっと。
「なぁ、橋田」
「うん?」
「お前・・もしかして、藝大嫌いなの?」

あっ、

まずい。

 

振り返った橋田の横顔が、ちょうど落ちる太陽に重なっている。真っ赤だ、赤くて、眼が・・燃えてる。

 

夕陽は燃えたまま、なかなか動かない。橋田の上半身がすっぽり入ったまま、動かない。どうして、落ちないんだろう。
「・・・んーー」
橋田の声でようやく時間が動き出す。
「あそこは、頭のええ奴がぎょうさんおるからなぁ」
笑ってるけど笑ってない。声も顔も硬いコンクリート、いや燃える溶岩だ。
「・・・ごめん」
「なんでや、謝らんでもええがな」
溶岩はちょっとだけ冷えたみたいだ。いつものふわふわ橋田に戻ってきてる。
「どこでだって絵は描けるし、俺、今の学校好きやで。彼女も出来たしなぁ」
「え?彼女?」
「言うてへんかったか。驚かんでもええやろ、お前かておるんちゃうん」
「いや・・俺は、いたことない」
最後は小声になったのが自分でも情けない。
「嘘やん!地頭のいい金髪秀才ヤンキーって、女子大好き属性やんか。なんでおらんの」
「知るか!」
なんかもう、泣きたい気分だ。恥ずかしいのと、安心したのと。

悪い悪い、そうやピカソがどうやって女をたらしこんだのかレクチャーしちゃるから、参考にしろ。そんなの参考になるかよ。そんなことわいわい言ってると、本当に目じりに涙が滲んできた。橋田には笑いすぎて涙が出たように見えただろう。そう見えてて欲しい。
もう日は落ちて、あたりは暗くなってきたけど、間近で見る橋田の眼はまだ赤い。俺が渋谷で見た、オール明けの世田介君の目を染めてた、青じゃなく。
「なあ、橋田」
「なんや」
「お前のこと、描いてもいい?」

ふざけて肩を組んでた橋田の赤い目が俺を見てる。ああ、そうか。コンクリートや溶岩じゃなくて、コイツはガラスだ。割れた赤いステンドガラスの欠片。何故、割れたのかは分からないけど。
「・・・・・ええで」
「・・冗談?」
「ははっ、本気の本気や。マジマジ」
橋田が笑う。ああ、今すぐ家に帰ってコイツを描きたい。

「描きたい奴に描くなっても無理やろ。描きたいなら、描かなアカン。八虎、怖がらんでもええ。お前の描きたいこと全部、描け。描いて描いて、ピカソ抜くくらい描いてまえ」
「や、ピカソは無理だろ」
「なんでや、分からんで。お前はまだ時間が沢山あるんや。幾らでも描ける」
この一年、描くのが怖かった。ようやく少しづつ、描いてもいいのかなって思えてたけど。

好きなことに向き合うのは怖い。迷うのも怖い。これからも、こんな気持ちは無くならないんだろう。でも。
「よっしゃ、めっちゃ男前に描いたるわ」
「お、八虎。関西弁上手なったな」
家に帰ろう、そして描こう。まだ怖いけど、きっと描ける。

 

まあ、男前になるかはわかんないけどね。

 

END