目交う

 

「東洋の、何処の国か知らない。その国で昔、高貴な女性は男の眼に触れず、屋敷の奥深くに秘されていた。男達は女をただ見たい、ひと目その姿を垣間見たいと願う」
「残酷な話だ・・」
「それはどちらにとって」
「女にも、男にもだな」
「帳の向こうに、恋うる女がいるのではないかと、男は月夜、木陰に隠れ窺う。もしかしたら手紙に、恋歌に振り向いてこちらを見てくれるだろうか、ただひと目、ひと目だけでもいい」
「そうして?」
「風が煽ることもある、気まぐれな猫が帳から迷い出てくる、日中の熱に少しだけ開けていたのかも」
「儚い祈りだ」
「しかし祈りは届き、野分の風が帳を吹きあげて、女の姿が見えた。女も気づいた、其処に自分を恋うる男がいることを」
「月の夜なのに風が?」
「恋の力だろう、そしてお互いに見つめ合う。男の眼に女が、女の眼にも。それだけで恋は成就する」
「それだけで」
「見ること、見られること、見つめ返すこと。恋するならばその一瞬で十分だ。だから」
「だから?」
「俺がヴェルサイユで最初に見た、金色の少女。見上げたその瞬間に恋をしたんだ」
「でも・・・それは違うよ、アンドレ」

「どうして?」
「私がお前を最初に見たんだ。館の向こうから馬車が近づいてきた、黒髪の少年が下りた、驚いたように辺りを見回して・・」
「あの時、見ていたのか」
「お前が私を見上げるより先に。私の剣の相手で友で、そして恋人だと・・知っていた」
「先を越されたな」
「恋して見つめていたのは、私。お前を望んでいたのは私、お前を求めて・・傷つけて、迷い、悔やんだ、こんなにも・・」
「オスカル・・」
「こんなにも、お前を愛しているのに。ずっと・・初めて目を交わした日から」
「では、俺のほうが深窓の姫だったのか」
「・・ふふ、そうかもしれない。帳の奥深く熱い真実を隠していた、私の姫君」
「では露の夜に分け入ってきた人よ、恋の証しに口づけを」
「私の黒髪の姫君、喜んで・・私を映すお前の瞳に口づけしよう」

目を交わしただけ恋ができるなら、これまでに見つめ合った数だけ、お前を愛することができる。見つめ合うごとに、お前に口づけすること。それが私達のただひとつの、小さく儚い・・・祈り。

 

 

END