夜の呟き 溶ける

夜歩く。石畳を歩く音がする。馴染んだ靴底は、すり減った石の凹凸も感じることができる。

黒い革の靴。バックルは控えめな金色。従僕に相応しくないが、主人がこれと決めた。

主人当人は己が身につける物に頓着が無い。だが彼の服、靴、髪を止める布まで見立てる。

“お前の黒髪には金色が似合う”そう言って微笑みながら、どこかしらに主人の髪と同じ色をいれたがる。

彼は華美にならないよう固辞しながら、それでも黒一色の装いに、鈍く光る色を差し込む。

それは表に見えない襟の返しであったり、髪を纏める絹に一筋入っている金糸刺繍だったりした。

彼はその色を慈しんだ。楽しそうに見立てる主人の肩に揺れる金の髪。それと同じ色を身につけることに喜びがあった。

夜、髪を解く時。彼は刺繍の金糸にそっと口づける。あの金の髪に触れる代わりに。

革の靴音にだけ耳を傾けていた彼は立ち止まった。暗い空からひんやりとした白い破片が落ちてくる。

彼は掌で淡く消える破片を受け止めた。わずかに残る白い色、あの横顔と同じ。溶けて流れていく水滴を惜しむように、彼は掌を閉じた。

こうやって、手の中に包んでしまえればいいのに。金糸ではなくあの髪に口づけできれば。

彼は立ち尽くし、黒と白の空を見上げる。黒と白と鈍い金色。彼と彼の愛しい相手の色だけがある。

彼は僅か慰められた。手の中に抱き止められなくても、今この時間、世界は彼と彼女だけなのだ。

彼は再び歩き出した。掌には白い雪、足元には金色、黒い外套と黒髪は夜に溶け、やがて消えていった。