秘事 Ver.2

秋の夜は長い

一日ごとに風が冷たくなる。それでも馬を走らせた帰途、背中に汗が流れた。湯の用意をさせ軍服を脱ぐ。重い肩章の上着を脱ぎ、剣を置き、コルセットの紐を解く。下の絹地が肌に張り付いている。湯浴みの為の胴着を着た時、湯が入ったと侍女が告げにきた。

衝立の暗がりで私はひとりだ。湯を浴びるときはいつもひとりでいる。足を伸ばし頭を浴槽の淵に預け、目を閉じる。風に乱れた髪を湯に浸したまま。仄かに薔薇の香りがする。侍女が精油を用意したものだろう。目を閉じたまま、香りを感じていると密かな足音がした。いつの間に扉を開けたものか。一歩二歩近づいて、止まった。

私は目を開けず、半ば眠ったふりをする。湯が微かに波立った。彼の手が湯を私の肩にかけている。その手がそのまま私の髪を一房手に取った。
「・・梳いたほうがいいな」
そう言うと、浴槽の傍に置いてある櫛を手にした。私がいつも無造作に髪を浸したままにすると、侍女がよくこぼしていた。それでも水中に溶けるこの時間は、ひとりでいたかった。何もかも、私自身の境界も水に溶かしてしまいたい。

彼は髪の先からゆっくりと髪を梳いていく。手に掬った湯をかけながら、頭頂から毛先まで。ばしゃりと水の跳ねる音は闇と静寂の中に響く。
そうしてすっかり梳かしてしまった髪に彼が口付ける。薄目を開けると、彼の熱い眼差しがあって、私は手を伸ばし彼の頬を捉えた。濡れた髪が額に張りつき、口づけする彼の黒髪も濡れる。混ざり合う舌に何故か薔薇の香りがした。彼の手が首元から胸へ降りてゆき、薄い絹地の上から胸の突端をさぐっている。浴槽のうち外、薄い絹の湯着、それに阻まれているのは、直接抱き合うより身体を熱くさせた。口付けたままの息が苦しい。
「・・・はっ・・」
たまらず出たため息に、彼がわずか離れた。彼を見上げる私の目元が濡れているのは、湯のせいではなかった。

「後で・・」
熱い息と黒髪から落ちる水滴と共に、耳元で囁かれた言葉。再びひとりになった私は、目を閉じ顔を上に向ける。湯は冷めていった。

夜は長い。私たちの恋は夜にしか咲かない。

 

 

END