花の歌

花の香りで眼が覚めた。

そんなはずはない。ここは牢獄の床の上だ。俺を含めた衛兵隊員12名は、この薄暗い地下で処刑の日を待っている。形だけの裁判。俺達は法廷にすら呼ばれず、ひとこと抗弁することすら出来なかった。
仲間達は皆浅い眠りの中にいる。穏やかな表情のものはいない。夢の中でさえ、現実の重さに潰されているのだろうか。

雨の中で命令を受けたとき、俺の中に湧き上がったのは底知れぬ怒りだった。正当な選挙で選ばれた俺達の代弁者を俺達の手で排除する。結局何も変わらないのだ。力のあるものは力で押さえつける。俺は、俺達はその中の駒にすぎない。

本当にそうなのか?俺は人間ではなかったのか。命令を聞く駒である前に、怒りも愛も持った一人の人間だ。俺達に命令を下す男も、排除されようとしている議員達も。そして、あの人も。みな感情を持ち、自分が守るべきものを守ろうとしている。ならば・・俺も。

代価が死であってもかまわなかった。軍における命令は絶対で、反抗は軍の根幹を揺るがすが故に、対価は命で贖うことになる。だがそれがなんだ。俺は人間として生きたい。例え数日でも数時間でも。自分を捨てて生きたくはなかった。

皆を起こさないよう、小さく息をついて、湿った壁にもたれかかる。花の香りなどどこにもない。光も希望すらない。また雨が降っているのか、どこかから微かに雨音が聞こえる。俺は目を閉じ夢に入ろうとした。生涯最後に見る夢かもしれないから。

雨の音・・雨に濡れたあの人の手を掴んだ・・そうだ。あの時、どこかで花の香がした。あれは・・夏の百合だった。夢でも、会えたらいい。会えて・・伝えられたら。瞼が重くなる・・夢に、眠りに入っていくんだ。

END