氷の花

罪のない誰かが私のことを語る言葉。可笑しなことを言うものだ。氷ならば、熱いものに触れられた途端に融けだし、跡形も無くなってしまうはずではないか。幾ばくか残った水の跡もやがて大気の中に消えてしまう。

私の血は、肉は存在しないとでも

夜の浴槽の中で、薄明かりに浮かび上がる白い女の身体。湯に上気して頬が火照る。目を閉じ、胎内に浮かんでいるかのように力を抜いて漂う。

やがて密やかな恋人の足音が近づいてくる。半ば目を閉じたまま、口元に薄い笑みを浮かべて彼を迎える。濡れた私の腕が絡みついて、彼のシャツの襟が袖が濡れそぼっていく。

男の掌が包んでいる乳房。吸われて赤くなる首筋。湯に混ぜた甘い香料が立ち昇る。身体の奥にあった硬い芯が消えていく。

私の中に氷があるとしても、夜と香りと彼の手で融けてしまう。後には、快楽の波に溺れ必死に浴槽の淵を掴んでいる女がいるだけだ。彼の指が入っていくその場所に、彼の肩を折れんばかりに握り締めている指先に、血潮が集まる。うねる身体が湯を溢れさせ床に海を作る。

私の血と肉体は彼だけが知っている
氷などない
ただ融けて流され翻弄された一人の女がいる

夜の波が去って朝が来れば、再び氷の花と呼ばれるのだろう。滾る血も弾ける身体も昼の光の下では誰ひとり気づかない。

氷は融け消えてゆく
だが私の肉体は消えない

END